第4話 暗黒めがけてモブが行く

「すぐ下に応援に行って!」

「四階に?」

 告げられている意味が飲み込めなかった。

 階下の四階は一般内科病棟びょうとうだ。

「なんか緊急事態らしいのよ。機器が全部おかしくなっちゃったんだって」

「医療機器が、ですか?」


 電気系統の故障だろうか。

 しかしこちらは何の異状もない。ナースステーションの機器もセントラルモニタも正常に機能している。

「向こうもパニクっちゃっててよくわからないんだけど、とにかく行ってみて。こっちは大丈夫だから」

 耳を澄ますと確かに医療機器の異常を知らせるアラームが鳴っている。

 それがうように階下から伝わってくる。

 急いでたからエレベーターではなく、いつもは使わない暗い階段のドアを開けた。


 まず四階。

 真夜中。

 音を立てないようにという気配りがどうしても先に立つ。

 踏み出した足先にためらいがあった。

 着地するはずの足底が宙に浮く。

 思わずからだが前のめりになる。

 あわてて手摺てすりを探ったがそれもくうを切った。

 バランスが崩れる。

 スリップしたみたいに全身が泳ぐ。


 冷たい風がすーっと首筋をでていく。

 何かを通り過ぎた感覚。

 ん?

 薄暗い空間で何かがねた。


「リス?」


 階段踏みはずして転げ落ちそうになるおれの、まるで道先案内するみたいにして尾っぽふさふさが、ひょいと薄闇の中を通過していったのだ。

(リスが、なぜこんなとこに?)

 一瞬それに気を取られた。


 瞬時だったのに鳥肌立って、

 自分自身が、ぷにゅっとゼリーみたいな場所を通過していくように感じる。

 スピードがついていた。

 そのまま態勢が崩れ、

 おれはヘタな詩を口ずさむように

 なんだか軽やかに、

 無様ぶざま

 それでいて暗黒めがけて、

 前のめりのまま階段を転げ落ちた。


 ぐちゃっという音。

 おれはしたたかに頭を打ち、一回転してそのまま踊り場の壁に激突した。


(バチッ!)


 意識が飛ぶ。

 眼の前が真っ白。

 リスがなぜかクリクリした眼でおれを見ている。

「……なんだよ、おまえ」


 でもそれは一瞬だったと思う。


 おれはすぐさましたたかに打ちつけた後頭部をさすりながらからだを起こした。

 視界がぐらぐらしていたがすぐに安定する。

 リスの姿は消えてる。

 ブルッと身震いした。

 骨折とかはしていないようだ。


 警報と警告音。


 そうだった!

 四階の様子を見に行く途中だったのだ。

 踊り場から今度は慎重に段差を踏んで階下に降り、ドアを開けた。


 まぶしい。

 夜中なのになんでこんなに煌々こうこうと明かりが点っているのだ。


 しかも————。


 (((ええっ?)))


 恐ろしく広い。


 四階はこんな感じだったっけ?

 内科病棟で、大部屋といってもそれぞれ部屋が分かれていて、いまは深夜だから寝静まって薄暗くしているはずなのに、おそろしく明るいのだ。

 体育館みたいに広い場所。

 そこにずらっとベッドと機器が並んでいて、

 その機器が警告音を発している。


「どうなってるのよっっっっっっぉっぉっっおおおお?!?!?」


 引き裂けそうな叫び声が伝わってくる。

 いままで耳にしたことがないほど多くのアラーム音があちこちで鳴り響いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月30日 11:00
2025年12月31日 11:00
2026年1月1日 11:00

魔術日本 悪魔になりたい人、この指とまれ! List @listob

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画