みっしょんこんぷりと
香久山 ゆみ
みっしょんこんぷりと
このおじいさん、おかしいよ。無茶な要求に、僕はもう半べそだった。
「お前にしか頼めない」
らんらんとした真剣な眼差しがこわい。もじゃもじゃの髭に隠れた鼻は赤く染まっているし、酔っ払っているに違いない。でなきゃ、おかしいもん。
「配達の
だって、僕はヤギだよ?
本来橇をひくべきトナカイはいない。きっとおじいさんに愛想を尽かして出て行っちゃったんだ。へんなおじいさんだもん。
「トナカイもヤギも、
そんなこと言う。信じらんない。だって、見て? 僕のこの小っちゃい角。トナカイさんとは全然違う。それにこの太っちょのおじいさんを乗せていくのに、僕みたいな小柄なヤギ一匹で橇をひけるはずがない。
友達の猫さんの斡旋でアルバイトに来たけれど、失敗だった。
僕はおじいさんに、ヤギはトナカイではありませんってもう一回丁寧に説明する。
「けど、お前は配達が得意なんだろう」
ぎくっ。おじいさんは痛いところを突く。
そうだよ、僕は郵便配達屋さんだ。けど、くびになっちゃったの。
十二月後半に入り、年賀状の仕分け業務に配属された。たくさんの年賀状を宛先別の棚に仕分けていくのだけれど、たいていの動物は目を回してしまう。ヤギの目は常に地上に平行になる仕組みで目を回さないということで抜擢されたのだった。
けど……。
勤務初日でくびになっちゃった。短時間であれば、きっと我慢できた。けど、一日中むき出しの紙を仕分していると気がへんになっちゃって、つい年賀状を食べてしまったのだ。
まだお正月までには余裕があるから、差出人にはお詫びをしてもう一度年賀状を書いてもらった。僕は、一週間の停職となった。
せっかく憧れの郵便配達屋さんになれたのに。年末の忙しい時期にみんなに
めぇ~そめそする僕を見かねて、猫さんがアルバイトを紹介してくれたのだった。
なのに、こんなへんなおじいさんだなんて!
服だって、上下真っ赤なコーディネートでセンスを疑う。
「おじいさんの服は、たくさんの血を浴びて真っ赤に染まっているのにゃ」
いたずらな猫さんがにやにやしながら教えてくれた話を思い出す。またバカなこと言ってるって笑ったけど、実際やばいおじいさんを目の当たりにして、もしかして本当の話だったらどうしようってびくびくしてる。
そうこうする間に、おじいさんは橇の上に荷物を積み込んでいる。案外手際がいい。
「行くぞ」
おじいさんが振り返る。
うっ。
お酒くさい!
「酒気帯び運転はだめぇ~です!」
おじいさんを注意すると、「ならお前が代わりに全部届けておくれ」と言う。
ええ~。
「お前は配達が得意だろう」
そう言われると、弱い。僕にも配達屋さんの矜持がある。
「めぇ~っちゃ得意です!」
反射的に返事してた。
おじいさんは満足そうにうんうん頷いて、暖炉の前の安楽椅子に揺られて早くもうとうと寝ている。
もう! 齢だから仕方ないか。真っ赤な衣装は、家族からの還暦のお祝いらしい。おじいさんの膝にブランケットをかけてあげて、僕は配達に出発する。
ふだん郵便配達をしているから、迷子になることもなく手際よく送り先を回っていく。
ただ、いつもと違って、郵便受けでなく、枕元の靴下の中に配達物を入れるというのがやっかいだった。
「不法侵入じゃないんですか」
最初にそう心配したのだが、おじいさんは許可証を見せてくれた。ほんとにサタンじゃなくて、サンタだったんだ! おじいさんから預かった代行証を首からぶら下げて、家々を回る。
年の瀬の師走の忙しさに疲れているのだろう、みんなぐっすり眠っている。
ほとんどの家ではサンタさんのために窓の鍵をあけてくれているから、そこからそっと入ってプレゼントを置いてくる。
煙突のある家には、煙突から入るというルールがある。僕は高い場所は得意だから、ひょいひょい上っていく。煙突の小さな入口も、小柄な僕ならへっちゃらだ。クロヤギなので、煤けたって構わない。
どうしても入れない時には、郵便受けや窓の外に置いていく。
猫さんからもらった赤いリボンを首にぶら下げて、鈴をりんりん鳴らしながら町を駆ける。
おとなも子どもも、すやすや眠る顔は無防備で、みんな可愛らしい。
猫さんのところには、おじいさんからのプレゼントと一緒に、僕からのプレゼントも置いてきた。朝になったらびっくりするかな。うふふ。
案外楽しみながら、朝日が昇る前にすべての配達を終えて、おじいさんの家に戻ってきた。
おじいさんはまだぐうぐう寝ている。ウォッカなんて飲むから。
昔々は寒い冬空を駆け抜けて冷えないよう、体を芯から温めるためにお酒を飲んで配達するのがふつうだったけど、今は時代が変わった。飲酒運転は厳禁。労働基準法も改定されて、深夜労働や長時間勤務など様々な制限が設けられている。トナカイさんたちは母国へ帰った。
なにより、おじいさんはもうずいぶん齢をとった。
日が暮れると眠くなるし、冷えるとトイレが近くなるし、煙突に登るのも一苦労だし、大きな体では狭い煙突の中を通れない。最近は道を間違えることも多くなったって言っていた。
サイドテーブルのお酒を片付けて、代わりに水を入れたグラスを置いておく。
火が小さくなった暖炉に薪をくべる。
橇はもう空っぽだ。
僕は、おじいさんのためにプレゼントを書いた。へとへとだったし、書いてる途中で食べちゃって、3回も書き直した。おじいさん、喜んでくれるかな。
『クリスマスの配達おてつだい券』
メェ~リークリスマス!
僕、ちゃんとみんなの所へプレゼントを届けられたでしょうか?
みっしょんこんぷりと 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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