悪魔の尋問とグランの誤算
(頼む、今は静かにしてくれ……!)
カイトは背筋を流れる冷や汗が、氷のように冷たく感じていた。
目の前には、白銀の甲冑を鳴らして馬から降りるグラン。その後ろには、武装した教会の精鋭騎士たちがずらりと並んでいる。
「……報告ではフェンリルによって全滅したはずの村だが。見事に生き延びているな、予言者カイト」
グランの眼光は、嘘を許さない鋭さで俺を射抜いている。
当初、俺は「ヒナが倒した」と言い張って、彼女に手柄を譲るつもりだった。だが、そんなことをすれば、ヒナはグランにとって『早急に排除すべき脅威』になってしまう。かといって、カナの「黒い力」が知れれば、即座に異端として処刑だ。
「……俺が追い払ったんですよ、団長閣下。俺の能力で、あいつの喉元の脆弱性と、特定の薬品への拒絶反応が見えたのでね。それを利用して、二度と来ないよう叩き出しただけです」
俺は努めて尊大に、さも「知識があれば当然の結果だ」という風を装って答えた。
だが、その時だった。
「クゥゥゥーン……」
俺の背後から、あろうことか巨大な甘えた声が響いた。
見れば、山のような体躯を誇る伝説の魔獣フェンリルが、俺の服の裾を大きな鼻先でつんつんと突き、お腹を見せて転がっているではないか。
「…………」
グランの眉がピクリと跳ねた。
「……追い払った、か。随分と『追い払われた』相手に懐いているようだが? まるで主を慕う飼い犬のようだな」
「あ、いや、これは……その、叩き出した際に『力の上下関係』を分からせすぎてしまったというか。動物的な本能で、俺を群れのリーダーだと勘違いしているだけでして」
俺は必死に言い訳を並べるが、フェンリルは空気を読まずに俺の頬をザラリとした大きな舌で舐め上げる。
(やめろ! 懐くな! 俺はただの一般人なんだよ!)
グランは無言でフェンリルと俺を見比べ、それから、俺の後ろで「カイトさんは誰にも渡さない」というオーラを出しながらフェンリルを睨みつけているカナ、そして複雑な表情のヒナに視線を巡らせた。
「……ふむ。天然の能力者が、知略のみで伝説の魔獣を軍門に下すか。聖女を従え、魔獣を飼い、村を救う……。予言者よ、貴公は私が思っていた以上に『利用価値』がありそうだ」
グランが不敵に笑う。その笑みは、獲物を囲い込んだ蜘蛛のそれだった。
「この村は今日から教会の直轄地から外し、貴公の管理下に置くことを認めよう。その代わり、近いうちに『聖都』へ招待させてもらう。……拒否権はないぞ?」
(招待……という名の、公開処刑か人体実験のフラグじゃねーか!!)
グランたちが去った後、俺はその場に崩れ落ちた。
村を守り、フェンリルを手懐けたことで、俺はついに「裏ボス」の掌の上で、最も危険な駒として登録されてしまったのだ。
「カイトさん! やりましたね、認められましたよ!」
カナが嬉しそうに抱きついてくる。
「……そうね。あんたの言う通り、ここが私たちの『聖域』の第一歩になるわ」
ヒナもまた、晴れやかな顔で俺の手を握る。
(違う……俺が望んだのは、もっと平穏で、誰の目にも止まらない安全な隠居生活だったに……!)
カイトの絶望をよそに、フェンリルは「もっと撫でろ」と言わんばかりに、巨体で俺を押し潰すのだった。
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