絶望の雰囲気と闇のフェンリル

村の入り口を塞いでいたのは、皮肉にも「守護者」であるはずの教会の結界だった。


「外は危険だ」という名目で、村人たちはフェンリルの餌場に閉じ込められている。村に入った俺たちが目にしたのは、灰に汚れ、瞳から光を失った人々の姿だった。


「……フェンリルを討つ? 冗談はやめてくれ」


村長は、ヒナが掲げた教会の紋章を見ても、力なく首を振るだけだった。 


「あの方は山の神だ。触発すれば、村は一晩で氷漬けになる。どうか、余計なことをせず、静かに立ち去ってくれ。……我々は、順番に食われる運命を受け入れたんだ」


その言葉に、ヒナが激昂した。


「運命なんて、誰が決めたの!? ここには予言者がいる、未来を変える力が……」


「ヒナ、落ち着け」


俺は彼女を制したが、心の中では毒づいていた。


(村人の反応は正しい。原作でもこの村は『全滅イベント』の舞台なんだ。生存フラグを立てるには、全員の予想を裏切るしかない)


「……作戦を敢行しましょう、カイトさん!」


ヒナは、折れそうな村人たちの心を繋ぎ止めるように、力強く宣言した。


「あんたの策があれば、神だろうが獣だろうが、叩き伏せられるはずよ!」


(……お前、俺を信じすぎだろ!)


仕方ない。逃げ道はもうない。

俺は一般人の知恵と、ゲームの仕様(グリッチ)を組み合わせた最悪のハメ技を構築し始めた。


【フェンリル討伐・泥沼ゲリラ作戦】


「いいか、フェンリルの『氷の息(ブレス)』は、空気中の水分を一気に凍らせる性質がある。なら、先に熱源を配置して、ブレスの威力を相殺するしかない」


俺は村中の酒蔵からアルコールを、鍛冶場から炭をかき集めさせた。


村人たちは「無駄だ」と言いながらも、カの必死な手伝いと、ヒナの威圧感に押されて、渋々動き出す。


「カイトさん、私……怖いです。でも、カイトさんの後ろ姿を信じてます」


カナが震える手で、俺が渡した発火用の着火石を握りしめる。


「……来やがった」


地響きと共に、気温が急激に下がった。

村の奥から、体長5メートルを超える銀白の巨獣――フェンリルが姿を現す。その咆哮一つで、村の民家が霜に覆われ、バリバリと凍りついていく。


「カナ、行け!!」


「う、うわあああああん!! こっちです、このわんこ!!」


カナが半べそをかきながら、俺が教えた最短ルートを全速力で駆ける。


フェンリルは怒りに狂い、氷の弾幕を撒き散らしながらカナを追う。


(今だ!)


カナが広場の中央、偽装された大穴を飛び越えた瞬間、フェンリルの巨体がその穴に嵌まった。


「ヒナ、点火ァ!!」


ヒナの剣が火花を散らし、溜め込まれた酒と炭、そして俺が持ち込んだ薬品が一気に爆発的な燃焼を起こす。


氷の化け物にとって、急激な熱膨張は天敵だ。フェンリルの自慢の毛皮が、温度差によって次々と剥がれ落ちていく。


「ガ、アアアアアアアア!!」


「今よ!!」


ヒナが空高く跳躍し、露出したフェンリルの喉元――赤い逆鱗へ細剣を突き立てた。

凄まじい衝撃波と、獣の悲鳴。

村人たちは、自分たちが「神」と崇め、諦めていた存在が泥にまみれてのたうち回る姿を見て、呆然と立ち尽くしていた。


だが、俺だけは冷や汗を拭えなかった。


(まだだ……! 原作のフェンリルは、HPが半分を切ると『第二形態』に移行する……! 頼む、カナ、ここで覚醒してくれ……!)


カイトの祈りは届くのか。崩れ落ちた獣の瞳が、青白く、不気味に輝き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る