アジトの調査と最初の聖域
「……カイト、お願い。次の『供物』に選ばれたのは、私の隣町だった村なの。教会は見捨てたけれど、あそこにはまだ生きている人がたくさんいるわ。あそこを、私たちの最初の『聖域』にしましょう」
ヒナの真っ直ぐな瞳に見つめられ、カイトは引きつった笑いを浮かべるしかなかった。
アジトを運営するには、食糧を作る人間も、資材を運ぶ手も必要だ。組織を大きくし、自分の安全を確保するためには、拠点となる村を手に入れるのは理にかなっている。
(……理屈では分かってる。分かってるんだが!)
カイトは内心で、血の涙を流していた。
なぜなら、その村が「見捨てられた」のには、腐敗した政治以外の、もっと絶望的な理由があることを知っていたからだ。
(あの村、原作では『初心者殺しのフェンリル』が居座る死の土地じゃねーか!!)
フェンリル。
ゲームの序盤、不用意にレベル上げをサボったプレイヤーを絶望のどん底に叩き落とす、初見殺しの悪夢。素早い動きと、触れたものを凍りつかせる極低温の息(ブレス)。今の「戦えない主人公」カナと、「組織に疑念を抱く」ヒナの二人で勝てる相手ではない。
だが、二人の少女の目は、すでにカイトを「全知の救世主」として崇めている。
「カイトさんの予言があれば、どんな魔物だって怖くありません。私、頑張ります。カイトさんの期待に応えたいから」
「そうね。あんたの知識と私の剣、そしてカナの潜在能力があれば、負けるはずがないわ」
(……いや、負ける。普通に全滅する。俺が一番最初に食われる自信がある)
誰にも言えない。
「実はあそこには、今の君たちじゃ逆立ちしても勝てない化け物がいる」なんて言えば、二人の信頼は崩れ、協力関係も終わるかもしれない。そうなれば、カイトに待ち受けるのは、グランに消されるか邪神に食われるかの二択だ。
カイトは震える手で、廃校の黒板にチョークで図解を始めた。
「……いいか、正面から戦うのは下策だ。俺たちは『ゲリラ戦』でいく」
「ゲリラ……戦?」
「ああ。罠を仕掛け、地形を利用し、相手が気づく前に息の根を止める。カナ、お前には『爆薬』の設置を担当してもらう。ヒナ、お前は……お前の剣に、ある『特殊な加工』を施してもらう必要がある」
カイトは未来知識――という名のゲーム攻略Wikiの記憶をフル回転させる。
フェンリルの弱点は、喉元にある逆鱗(げきりん)のような赤い毛。そこを一定以上の衝撃で叩けば、氷の鎧が砕ける。
(罠を二十重に張り巡らせ、カナの火事場の馬鹿力で爆破し、ヒナの剣でトドメを刺す。……これしか生き残る道はない)
「カイトさん、顔色が悪いですよ……?」
カナが心配そうに顔を覗き込んでくる。その無垢な瞳が痛い。
「……なんでもない。ただ、少し『未来』が騒がしいだけだ」
カイトはそう言って、冷や汗を拭った。
誰にも言えない秘密を抱えたまま、一般人カイトによる、史上最も成功率の低い「村おこし(ゲリラ戦)」が幕を開けようとしていた。
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