闇の事実と裏の事情

「……だろうな。驚くことじゃない」


ヒナが息を切らして廃校に戻り、震える声で報告した内容を聞き終えると、カイトはわざとらしく、冷めた声でそう返した。


内心では冷や汗が止まらない。


(やっぱりその設定、生きてたか……! 原作でも教会の腐敗はえぐかったけど、今の段階でそこに触れるのは早すぎるんだよ!)


ヒナが命がけで盗み聞きしてきた内容は、あまりに露骨なものだった。


聖騎士団長グランと、教会の高位神父の密談。


「防衛ラインをなぜこれ以上広げないのか」という問いに対し、彼らは嘲笑混じりに答えていたという。


「下々の民をすべて守る必要などない。我々が守るべきは、神への献金が厚い有力者と、この街の支配層のみ。それ以外は、邪神の怒りを鎮めるための供物(生け贄)に過ぎん」


「カイト、あんた……知ってたのね?」


ヒナが青ざめた顔でカイトを問い詰める。その瞳には、信じていた正義が足元から崩れ去った絶望と、それを予見していたカイトへの、縋るような期待が混じっていた。


「未来が見えると言っただろ。組織なんてのは、巨大になればなるほど、中心から腐っていく。……グランも神父も、世界を救うことなんて最初から考えてないさ」


カイトは腕を組み、さも「すべては想定内だ」という顔を作る。


だが本当は、ヒナがそんな危険な調査に首を突っ込んだことに、恐怖で胃が縮みそうだった。


(まずい。これじゃあヒナが『反逆者』としてグランに消されるフラグが立っちまう。俺はただ、主人公のカナを強くして、安全な場所でヒナと二人で戦わせて、自分は隠居したいだけなのに!)


「許せない……。みんなが死に物狂いで灰に耐えているのに、彼らは自分たちの利権しか見ていないなんて」


ヒナの拳が、怒りで白くなる。


「カイトさん、私……怖いです。あんな人が、騎士団のトップだなんて。私たち、どうすればいいんですか?」


カナも怯えたようにカイトの服を掴む。

カイトは二人の視線を正面から受け止め、深いため息をついた。


ここで「俺たちには関係ない」と言えば、二人の心は離れ、カナの主人公としての覚醒も絶望的になるだろう。


「……いいか、二人とも。今はまだ、黙って牙を研げ」


カイトはあえて重々しく告げる。


「教会が守らないなら、俺たちが守る場所を作るしかない。……この廃校を、ただのアジトじゃなく、教会に代わる『聖域』に変えるんだ。俺の予言と、お前たちの力でな」


「カイトさんの……聖域……」


カナの瞳に、うっとりとしたような、異質な熱が宿る。


「……分かったわ。あんたを信じる。教会の聖女じゃなく、あんたの、カイトだけの騎士になってあげる」


ヒナもまた、決意を秘めた目でカイトを見つめた。


(待て、その言い方だと俺が主人公みたいじゃないか!? 違う、俺はただの一般人なんだって!!)


カイトの意図とは裏腹に、二人の少女の決意は「世界を救う」という大義名分を超え、カイト個人への狂信に近い忠誠へと歪んでいくのだった。

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