悪魔の会議と闇の団長
「……失礼します。騎士団長、御報告に参りました」
夜の闇が深い、教会の聖堂。
ステンドグラスから差し込む月光は冷たく、どこか不吉な影を床に落としている。ヒナは鼓動を殺し、平時を装ってグランと神父のいる最深部へと足を踏み入れた。
本来なら、ここで「予言者カイト」とその連れについて報告するはずだった。だが、彼女の耳に届いたのは、自分に向けられるはずではない、低く卑俗な笑い声だった。
「……ククッ、実に滑稽な。南の居住区の連中、まだ救助を求めて騒いでいるのか?」
口を開いたのは、肥満体の神父だった。神の慈悲を説くはずのその口から、信じられない言葉が零れ落ちる。
「ええ。ですが放置で構いません。あそこは既に『不要なコスト』だ。防衛ラインを維持するためのリソースは、北の豪商たちが住む特区に集中させている」
グランが冷淡に答える。その声には、部下である騎士たちが命を懸けて守っている民への敬意など、微塵も感じられない。
「いいのですか? 騎士団長。民の不満が溜まれば、暴動が起きるやもしれませんぞ」
「問題ない。邪神の灰による汚染が少しでも進めば、彼らは動く力すら失う。死体を片付ける手間が省けるというものだ。……我々が守るべきは、再興の礎となる『価値ある者』のみ」
ヒナは物陰で息を呑んだ。
自分の信じていた正義。毎日、血にまみれて魔獣と戦っていた理由。それらすべてが、彼らの掌の上で「帳尻合わせ」のために利用されていたに過ぎないというのか。
「しかし、あの逃げ遅れた村々は……あそこにはまだ子供たちが……」
「神父、貴公も人が悪い。供物(生け贄)がなければ、邪神の怒りは我々に向く。防衛ラインをわざと『穴』だらけにしておくことで、死ぬべき連中が死んでくれるのだ。効率的だろう?」
グランの笑い声が、冷たい聖堂に反響する。
ヒナの視界が怒りと絶望で歪んだ。背筋を這うような悪寒。もしカイトが言っていた「未来」が本当なら、自分はこの殺人鬼たちの手先として、無実の民を見殺しにするための「看板娘」にされていたのだ。
(……逃げなきゃ。でも何処に……でも待って、何故あの男はあの時グラン団長 に嘘をついた?………もしかしてあいつならこの地獄を、知っているはず……!)
ヒナは音を立てぬよう、必死の思いでその場を去った。
廃校へと戻る道中、彼女の頭を支配していたのは、あの得体の知れない「一般人」の男の顔だった。
「だろうな。驚くことじゃない」
アジトに着き、息を切らして報告した彼女に、カイトは案の定、退屈そうにそう言い放ったのだ。その冷徹なまでの落ち着きが、今のヒナにとっては、唯一信頼できる救いの綱に思えていた。
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