現れる団長と裏の存在
理科室の煙が引く間もなく、廃校の校庭に「それ」は現れた。
音もなく、重圧だけを伴って。
白銀の甲冑を纏い、腰に伝説級の聖剣を帯びた巨躯の男。教会の騎士団長、グラン。
(……嘘だろ。なんで今ここに『裏ボス』が来やがるんだ!?)
カイトの背筋に冷たい汗が伝う。
グランは表向き、人類を守る最高峰の聖騎士だ。だがその正体は、邪神の復活を裏で手引きし、自分だけが神になろうと画策するこの世界の『裏ボス』である。
原作では、中盤でヒナの故郷を滅ぼした張本人であることが発覚し、カズト(本来の主人公)と血みどろの死闘を繰り広げる宿敵だ。
今の俺たちが目をつけられれば、羽虫のように捻り潰される。
「おや……。騎士団の防御ライン外で爆辞(ばくじ)の音がしたので来てみれば。聖女ヒナ、それに……見慣れぬ顔が二人」
グランの射抜くような視線がカイトに注がれる。その瞳は、獲物の価値を品定めする冷酷な捕食者のものだ。
「ヒナ、説明を。この者たちは何だ? 教会の記録にはないようだが」
「それは……」
ヒナが言葉に詰まる。彼女にとってグランは尊敬すべき上司だが、その威圧感に気圧されている。
沈黙は死だ。グランは「利用価値のないイレギュラー」を最も嫌う。
カイトは震える足で一歩前に出た。
「……初めまして、団長閣下。俺の名はカイト。隣にいるのは、俺の……『弟子』のカナです」
「弟子だと? 貴公、施設で訓練を受けた魔導師ではないな。その身から魔力の波動を感じん」
「ええ、おっしゃる通り。俺たちは施設で発現(ライセンス化)された能力者ではありません。……独学で目覚めた、いわゆる『天然(オリジナル)』の能力者です」
カイトは一世一代の大嘘を吐いた。
この世界において、教会の管理外で能力を得た「天然」は極めて稀で、不安定だが時に規格外の力を秘める。
「ほう……天然か。先程の爆発も、貴公の能力か?」
「俺の能力は『因果の視認(未来視)』そしてこのカナは、その未来において世界を救う『可能性の種』です。施設に報告しなかったのは、彼女の力がまだ不安定で、教会の過酷な訓練には耐えられないと判断したため……」
カイトはカナの肩を抱き寄せ、保護者を演じる。カナは恐怖で硬直しているが、それが逆に「未熟な能力者」という真実味を持たせた。
グランの目が細められる。殺気が、じりじりとカイトの肌を焼く。
「……面白い。聖女を連れ出し、勝手にアジトを構える野良の能力者。本来なら異端として処刑対象だが……今は邪神の脅威が迫る時。人類の戦力は一人でも多い方がいい」
グランはそう言って不敵に微笑んだが、その目は笑っていない。
(こいつ、俺たちを「泳がせる」気だ。利用できるだけ利用して、最後にヒナと一緒に消すつもりだぞ……!)
「期待しているぞ、予言者。貴公のその『未来』が、私の計画に資することを」
グランが背を向けて去っていく。その背中が見えなくなった瞬間、カイトはその場に膝をついた。
(……最悪だ。裏ボスに目をつけられた。これじゃあ原作よりハードモードじゃねえか!)
「カイトさん、大丈夫ですか!? 私のせいで……私が戦えないせいで、カイトさんがこんな嘘まで……っ」
カナが涙目でカイトを抱き起こす。ヒナもまた、複雑な表情でカイトを見つめていた。
「あんた……私を守るために、団長に嘘を吐いたの? あんな危険な賭けをしてまで……」
(……いや、俺が死にたくないだけなんだが!?)
どうやら、命がけのブラフ(嘘)のせいで、二人の少女からの信頼と「重すぎる愛」は、もう後戻りできないレベルまで加速してしまったようだった。
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