絶体絶命のヒロインズ

「……なんでだよ!?」


俺の叫びが、がらんとした理科室に虚しく響いた。


「カナは戦う経験が必要なんだ。ヒナ、お前は実戦慣れしてるだろ? 二人で組んで、校舎の周りの安全確保をしてきてくれよ」


そう提案した俺に、二人は食い気味に「嫌です」「お断りよ」と即答した。


カナは「ヒナさんと二人きりなんて、何を吹き込まれるか分かったもんじゃありません」と頬を膨らませ、ヒナはヒナで「あんたみたいな胡散臭い男の指図を受けるのは、聖女のプライドが許さないわ」と俺を睨みつける。


本来、原作のカズトとヒナは「守る者」と「癒やす者」として完璧な噛み合わせを見せるはずだった。それがどうして、俺という「不純物」が混ざっただけでここまで不協和音を奏でるのか。


だが、頭を抱える俺の鼻を、不快な獣臭が掠めた。


「――っ、しまった!」


俺は窓の外を見て、自分の失態に気づいた。

ここは教会の騎士団が展開する絶対防御ラインから遠く離れた、空白地帯。そして俺たちの隣には、今、誰がいる?


「ヒナ、お前の武器だ……! 鞘に収めていても隠せてないぞ!」


「えっ? 私の『紅蓮の細剣』が何か……?」 


「その剣は、今まで何百という獣の血を吸ってきただろ! 獣にとって、同族の返り血が染み付いた武器は、最高の『餌』であり『挑発』なんだよ!」


聖女としての格が高ければ高いほど、その装備が放つ血の匂いは強烈になる。教会に守られた聖域なら問題ないが、こんな吹き曝しの廃校では、大型の獣を呼び寄せる誘蛾灯(ゆうがとう)も同然だ。


――ガリッ。


コンクリートを削る不吉な音が、すぐ下の階から聞こえた。


一体。いや、この響きはもっと大きい。


「ヒナ、武器を構えろ! カナ、俺の後ろに……いや、お前が戦うんだ!」


「無理ですカイトさん! あんな音……私、足が震えて……っ」


カナは俺の服の裾をぎゅっと掴み、俺の背中に隠れてしまう。本来ならここでカズトが「俺がやる!」と飛び出していくはずなのに、今のカナはただの怯える少女だ。


「……チッ、来るわよ!」


ヒナが剣を抜いた瞬間、理科室の扉が紙細工のように粉砕された。


現れたのは、全身が腐敗した毛並みに覆われ、目が六つある巨大な『捕食獣(グラトニー)』。

獣は、血の匂いを放つヒナを一瞥(いちべつ)したが、その次に、ヒナに守られるようにして後ろにいる「無防備な俺とカナ」に狙いを定めた。


(マズい、こいつ知能がある……! 強い奴より、まず弱い餌から片付ける気だ!)


「カイトさん!!」  


カナの悲鳴。

ヒナの剣が間に合わない。


一般人の俺が、主人公(の皮を被った美少女)を抱えて、この絶望的な一撃をどう凌げばいい!?

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