廃校アジトと、消えない背後の気配
「……なぁ、カナ。これ、どう見ても食糧調達のバランスがおかしくないか?」
俺たちは、かつて『音吹(おとぶき)学園』と呼ばれていた私立校の廃校舎をアジトに決めた。絶望の灰を遮る堅牢な造り、適度な広さ。生存拠点としては満点だ。
だが、山積みにされた調達品を見て、俺は頭を抱えた。
「えへへ、カイトさんの好きなもの、たくさん集めてきましたよ!」
カナが胸を張って指し示したのは、高級な缶詰の山、ふかふかの羽毛布団、そしてなぜか大量のアロマキャンドルとバスソルト。
(……いや、米は? 味噌は? 武器を研ぐ砥石とか、もっとサバイバルに必要なものがあるだろ!)
どうやらカナの中では「世界を救う修行」よりも「カイトさんとの快適な同棲生活」が優先されているらしい。本来の原作主人公(カズト)なら、野草を食ってでも牙を研ぐストイックさがあったはずなのに。
「これじゃ、ただのキャンプ……いや、旅行だぞ」
「旅行…………し、新婚……! カイトさん、そこまで考えてくれてたんですか!?」
カナの目がキラキラと輝き、頬がこれ以上ないほど赤くなる。
誤解だと言おうとした瞬間、背後の廊下から、冷ややかな、それでいて湿り気のある気配を感じた。
「――随分と余裕そうね。世界が滅びかけているというのに」
振り返ると、そこには聖女ヒナが立っていた。
彼女は先程から、俺たちが移動するたびに、絶妙な距離を保って後ろから着いてきているのだ。
「ヒナ……。お前、教会の騎士団に戻らなくていいのか?」
「……予言者、言ったはずよ。あなたの『嘘』を暴くって。そんな怪しい男に、この純粋そうな子を預けられるわけないでしょ」
ヒナはツンとそっぽを向くが、その視線は俺の手元や、カナが持ってきた生活用品を鋭くチェックしている。
そして、彼女が背負っていた袋をドサリと床に置いた。
「これ、使いなさい。あんたたちが持ってきた軟弱なものじゃ、夜の寒さに耐えられないわ」
中から出てきたのは、最高級の保存食と、銀の刺繍が入った教会特製の毛布。
……これまた、生き残るための備蓄というよりは、「カナの持ってきた物より良い物を提供したい」という対抗心の現れに見える。
「あら、ヒナさん。それ、私たちが使う分ですか? それとも、カイトさんへの『贈り物』のつもりですか?」
「べ、別に他意はないわよ! ただ、彼が体調を崩したら予言が聞けなくなるでしょ!」
カナが冷たい笑みを浮かべてヒナを牽制し、ヒナは顔を赤くして言い返す。
本来、この二人は『音吹学園』の跡地で、押し寄せる魔物の群れを背中合わせで倒し、固い友情を結ぶはずだった。
だが、現実は――「カイトさん、この毛布は私が預かっておきますね。カイトさんの隣に敷くので」
「ちょっと、勝手に決めないでよ! 私もこのアジトを警護するんだから、隣は私が……!」
(……あの、俺の意見は?)
灰に覆われたシリアスな世界。その廃校の一角だけが、原作には存在しなかった「ドロドロの三角関係」という別の地獄に変貌していた。
カイトは、二人の背後で静かに、遠くの邪神よりも目の前の乙女たちの熱量に恐怖を感じるのだった。
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