正ヒロインの到着と、お呼びでない俺


廃ビルの静寂を破り、入り口の扉が勢いよく開け放たれた。


「――そこまでよ! 彼女から離れなさい、この不審者!」


凛とした声と共に飛び込んできたのは、燃えるような赤い髪をなびかせた美少女。


この世界の正ヒロインであり、教会騎士団の聖女――ヒナだった。


(来た! 救世主が来た!)


俺は内心でガッツポーズを決める。

原作では、ここでチンピラ(俺の代わり)に襲われているカズト(カナの代わり)をヒナが救い、二人は運命的な恋に落ちるのだ。


「待ってくれ、ヒナ! 俺は怪しい者じゃ……」


「黙りなさい! その子、怯えてるじゃない!」


ヒナは鋭い踏み込みで俺とカナの間に割って入り、腰の細剣(レイピア)を俺に突きつけた。


……いや、おかしい。怯えている? カナが?


俺が背後のカナを振り返ると、彼女は確かに震えていた。


だがそれは恐怖ではなく、「邪魔をされた怒り」で小刻みに震えていたのだ。


「……退いてください。その人は、私の大切な人です」


カナの声は低く、そして冷たかった。

彼女は俺の背中からひょこっと顔を出すと、自分を助けに来たはずのヒナを、射殺さんばかりの鋭い視線で睨みつけた。


「えっ……? あ、貴女を守ろうと……」


「カイトさんは、私に『隣で支えてやる』って言ってくれました。私だけの予言者様なんです。……貴女みたいな派手な女の人に、邪魔されたくありません」


(おいカナ、言葉を選べ! そいつは後の君の相棒だぞ!)


ヒナは唖然として固まっている。


原作では「なんて頼もしい少年なの……!」とヒナがカズトに一目惚れするはずが、現実は「何この泥棒猫みたいな女……!」という最悪の第一印象になってしまった。


「カイトさん、行きましょう。こんな変な人、放っておいて」


「いや、カナ、彼女は聖女で……」


「嫌です。私、カイトさんと二人きりがいい」


カナは俺の腕に強くしがみつき、豊かな胸の感触を押し付けてくる。


一般人の俺には刺激が強すぎるが、それ以上にヒナからの視線が痛い。


「……なるほど。予言者、と言ったかしら?」


ヒナが剣を引き、冷ややかな笑みを浮かべた。

だが、その瞳の奥には聖女らしからぬ、得体の知れない対抗心が燃えている。


「年下の純朴な女の子をたぶらかして、自分の所有物にするなんて。……面白いじゃない。あなたのその『予言』、私が根掘り葉掘り暴いてあげるわ」


【システム・メッセージ】


――ライバル・ヒナがパーティー(?)に加入しました。


――カナの独占欲が限界を突破しました。


(違う、そうじゃないんだ。俺はただ、主人公とヒロインをくっつけて、自分は安全な後方にいたいだけなんだ……!)


世界を救うはずの黄金コンビが、俺を挟んで火花を散らしている。


俺の平穏な隠居生活への道は、さらに遠のいていくのだった。

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