その役割(フラグ)、俺がやるんですか?
「……はあ、はあ。カイト、さん……。もう、動けません……」
路地裏の戦闘を終え、安全な廃ビルへ逃げ込んだところで、カナが地面にへたり込んだ。
本来のカズトなら、ここで「チッ、これくらいどうってことねえよ!」と強がって、さらなる力の覚醒を見せるはずなのだが……。目の前の美少女は、折れそうな細い肩を震わせ、真っ青な顔で俺を見上げている。
「しっかりしろカナ。君は選ばれたんだ。……この世界を救う力に」
俺は「予言者」としての仮面を貼り付け、彼女を鼓舞する。
だが、内心は冷や汗でダラダラだ。
(マズい。マズすぎる。原作のカズトはメンタルモンスターだったのに、このカナって子はメンタルが豆腐どころかゼリー並みじゃないか!)
「無理です……私、ただの学生なのに。急にこんな剣を持たされて、怖い……」
カナの大きな瞳から、ポロリと涙がこぼれ落ちる。
ここで本来なら、正ヒロインのヒナが登場し、彼女を優しく抱きしめて「私があなたの支えになる」と誓う。それが二人の絆の始まりであり、後の合体技のフラグになるのだ。
だが、あたりを見渡してもヒナの姿はない。
シナリオが狂った影響か、ヒナはまだこの場所に到着していないようだった。
(……クソ。ヒナが来ないなら、このままじゃカナが絶望して闇落ち(バッドエンド)確定だ)
そうなれば、俺の生存ルートも消滅する。
俺は深いため息をつくと、膝をついてカナの目線に合わせ、その小さな手を両手で包み込んだ。
……原作でヒナがやるはずだった、「聖女の抱擁」イベントの代行である。
「カナ、俺を見ろ」
「……カイト、さん?」
「俺には未来が見えると言ったな。その俺が断言する。君は一人じゃない。……俺が、君が立ち上がるまでずっと、隣で支えてやる。どんな敵が来ても、俺が先に死ぬまで君に指一本触れさせない」
くさい。セリフがくさすぎる。
だが、効果は絶大だった。
カナの頬が、灰色の世界でそこだけ火が灯ったように赤く染まる。
震えていた指先が、逆に俺の手をぎゅっと握り返してきた。
「私……頑張ります。カイトさんが、そう言ってくれるなら……」
【システム・メッセージ】
――メインヒロイン・カナの好感度が上昇しました。
――カイトが『運命の守護者』として認識されました。
脳内に響いた無機質な声に、俺は硬直する。
……は? メインヒロイン・カナ? 主人公じゃなくて?
それに「守護者」って、それ本来はヒナが手に入れるはずの特殊称号だぞ。
「あの、カイトさん。……もっと、近くにいてもいいですか?」
カナが遠慮がちに、だが確かな力で俺の服の裾を掴んでくる。
その瞳には、勇者としての覚悟ではなく、一人の男に全幅の信頼を寄せる依存の光が宿っていた。
(待て。これじゃ俺が主人公で、カナがヒロインじゃないか……!)
俺の生存戦略は、一歩目から完全に明後日の方向へと走り始めていた。
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