第9話ー準備期間


皇都で暮らすようになって一年、一度だけロワナを見ることが出来た。


父に付いて皇城に訪れた際に、侍女と庭を散策していた姿を見かけた。ノクティスが8歳になったので、ロワナは4歳だった。


父の手前、動揺しないように努力したが、目を背けることは出来なかった。しばらく立ち止まって凝視していたので、父が振り返る。


「どうした?ああ、第二皇女殿下だな」

ロワナの侍女がこちらに気付き、頭を下げた。ロワナはきょとんとしてこちらを見ている。幼子の眼だ。自分とは違う。


ノクティスも深く一礼して、また父に付いて歩いた。涙が出そうだったが、なんとか堪えた。


(生きている。自分のことなど、覚えていなくても問題ない。このまま、そのまま、どうか健やかに)


その後は謁見室で皇帝と第一皇子に会った。こちらも、ノクティスのことなど何も覚えておらず、ジトリと睨まれただけだった。

(第一皇子は既に人間不信の眼をしてるな)


ようやく自分で動かせる部下が揃いつつある。そろそろ本格的に皇妃について調べられそうだ。もちろん部下は自分の歳も姿も身分も知らない。代理を通して指示を出している。


皇都に来て半年ほど経った頃、夜中に公爵邸を抜け出して闘技場に忍び込んだ。闘技場と言っても違法なものだ。回帰前に自身で壊滅させた場所なので、地の利がある。そこで囚われていたハーフエルフを、助け出す条件に第一の部下とした。



「ノクティス様、ノースウェル伯爵家ですが、やはり呪術師が多く見られます。ただ、皇妃の天啓について知っている者はおりません」


ハーフエルフのライネルは、ノクティスの代理であり顔であった。1年ほどで皇都の下町に100人規模の闇組織を立ち上げ、そこのボスとなっている。実質のボスはノクティスだが。


「そうか。もう少し粘ってくれ」

「はい」

返事をするとライネルは静かに闇に消えた。


(オーガストの天啓のように、皇妃の天啓も回帰後にはなくなるのだろうか?)


もうすぐ10歳。回帰してから4年が経つ。皇都の組織の部下は300人ほどになった。


(交流会でロワナに会える。可愛いだろうな、6歳のロワナ···交流会が終われば、アリアナの事件が起きる。あれも阻止しなければ)


ロワナが嫁ぐことになった隣国のアデラジャ王国の動向も気になる。今から何人か送り込んでおかないと。


「部下が300人いても足りそうにないな···」


とても10歳のセリフとは思えない言葉を呟いた。







❋❋❋❋❋❋


交流会の日、皇城に忍ばせておいた部下から報告があった。

『朝から第二皇女の様子がおかしい』

とのこと。おかしいとは?具体的に確認する時間もなく公爵邸を出たので、ノクティスはもしかしたらロワナには体調不良で会えないかもしれないと思った。


(曖昧な報告だが、事前に知れて良かった)


言うなれば人生二度目。テロが起きようが、賊に襲われようが、慌てたり動揺したりはしない。だが、今日は違う。今日の為に4年間耐えて来たのだ。会えないとなると、多少なりと落ち込んでしまう。



―その後、《様子がおかしい》の意味を知ることになるのだが。

術者であるオーガストすら、記憶を宿して回帰出来なかったのに、何故ロワナが?

考えても分からない超常的な事だろうが、ノクティスは感情を抑えられなかった。


―――自分を覚えている。目眩がするほどの幸福感。


回帰前ではこの日から、ロワナとほぼ一緒に過ごした。ロワナが訪ねてくれたからだ。自分に会いに。護衛騎士に任命された事は人生で一番の誉れだった。片目を失ったことなど、自分にとっては些細な事だったが、ロワナにとってはそうではなかったらしい。


「貴方を護衛騎士には任命しません」


泣きそうな表情だが、強い意志を感じた。もちろん不服だったが、護衛騎士ではロワナを守れない事は分かっていた。引き下がるしか他ない。


王族の証であるアメジストのような紫眼。ノクティスは目に焼き付けて、ロワナと別れた。



交流会から一月ほど経った頃、アリアナの魔素事件が起こる日を迎えた。事前の準備は滞りない。魔素をばらまこうとしている組織も把握済みである。今回は皇妃も絡んでおらず、本当に単純なテロだった。だがこの事件を皮切りに、ロワナの運命が変わった。失敗は許されない。


ロワナも数日前からアリアナを守ろうと、観劇に付いて来ているらしい。

万が一にも怪我をさせる訳にはいかない。早めに離れるように言っておかねば。



手筈通りに事を進め、ロワナの様子を見に戻ってみると、兄に担がれていた。


(嫌がっているじゃないか)

「降ろして差し上げてください」

思った数倍、怒気の孕んだ低い声が自分から出て驚いた。


本当は、ロワナを助けるのは自分でありたい。

護衛騎士のままでいたかった。


(だけど、それでは貴方を手に入れられない)




ノクティスはもうすぐ、回帰前では入らなかったアカデミーに入る。家族は皆、騎士科に入ると思っているから、家族の認識をまず変えなければ。





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幸せな10年でしたが、なかったことに致します。〜だから私に関わらないでください〜 織子 @kirin-kaku

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