第8話ーノクティスの回帰
―――回帰前の記憶は曖昧だ。
何年か牢に閉じ込められていたから、時間感覚もおかしくなっていた。
助け出せると思っていたロワナに矢が刺さり、倒れた。誰にも触らせまいと大暴れしたものだから、あっさりと捕まった。
腹部に矢が刺さって死ぬことは少ない。皇帝が矢に毒でも塗っていたんだろう。
だから脱獄をして皇帝を殺しに行った。失敗してまた投獄されたが。
牢では後悔ばかりしていた。隣国に嫁ぐ時も止められなかったし、ましてや命も守れなかった。あんなに幸せな10年を貰ったのに。
ロワナと過ごした10年は、宝物のようだった。元来、私生児であり3男である自分など、捨て置かれるような人生だった。ロワナの目にとまり、気にかけて貰ったからこそ得られた物たちは計り知れない。
叶わないと知りつつも、最後は懸想まで抱いていた。
どのくらい時が経ったが分からない。投獄されている城はだんだん静かになり、牢番すら来なくなって久しい。
足音がしたが、視線を向ける気力もなく下を向いたままだった。
「お前がノクティス·ヴァルグレイスか?」
数年ぶりに聞く皇帝の声に、ゆっくりと顔を上げた。最後に会った時には玉座に堂々と座り、笑みを浮かべていたオーガスト·ノースウェル·アルカダイア皇帝。
ノクティスは顔を見ようと片眼を凝らしたが、栄養失調のためか残った片目はぼやけて役に立たない。
最後に見た姿とは異なり、生気もなく、痩せた弱々しい姿で皇帝であるオーガストは立っていた。その姿を見てもなんの感情もわかず、ノクティスはまた下を向いた。
「少し話をしたい。聞くだけでいい」
そう言うと、オーガストはその場に腰を降ろした。椅子も何もなく、固い岩牢だ。だが今のオーガストの風貌には相応しいのかもしれない。
「――私の母が死んだ。母の生家は術師の家系だ。稀に天啓を授かり、類稀な能力を持って生まれる。母の天啓が洗脳だった。母が死に、私にかかったそれが解けた」
ノクティスは鈍く動く頭を必死に動かした。
「は···はは。洗脳だと?それでこんなことになったのか?血筋を皆絶やし、国を傾け····」
ゴホッゴホ
ものすごく久しぶりにしゃべったので、上手く言葉が出ない。口も乾いていてあとは咳で話せなくなった。
「何も言い訳など出来ない。もう何もかも遅い。この国も直に滅ぶ」
オーガストも下を向いて話しているようだ。声が小さく聞き取りづらいが、周りが静かなので聞こえないことはなかった。
「――私にも天啓が宿った。私の天啓は回帰だ。だが私には記憶を宿して回帰することが出来ない。私が術を施す。お前に回帰してほしい」
(何を世迷い言を。皇妃が死に、国が立ち行かなくなって狂ったのか?)
無言のままのノクティスに、オーガストは更に言った。
「信じなくても良い。ただ同じことはもう出来ない。それは覚えておいてほしい」
「······」
信じることは出来ない。信じれるはずもない。わざわざ石の塔を登り、そんなことを語りに来るとは。
「何故私に?」
「洗脳の間の記憶は残っている。アリアナを殺した時も、父の時も、弟の時も誰も来なかった。だがロワナの時にはお前が来た」
そう言うと、オーガストは呪文を唱え始めた。
ノクティスの下に魔法陣が浮かび上がる。魔法陣は輝き、強く白い光を放ち、周りが真っ白になり何も分からなくなった。
「――うっ」
そして目が冷めた時には、6歳のノクティスに立ち戻っていた。
(本当に戻っている···)
見覚えのある小さな部屋。小さな手足。
(何か時間や日付が分かるものは···)
辺りを見渡し、ハッとした。窓もない、小さな部屋。ここは公爵領の邸宅の地下室だ。6歳のノクティスは、とても公爵令息という扱いは受けていなかった。
父と兄たちには愛されていたが、父は普段は皇都の邸にいるし、兄たちはアカデミーだった。メイドの子として産まれたノクティスを、公爵夫人が相応の生活をさせるはずもなく、領地の公爵邸で使用人のように過ごしていた。
今すぐに皇城に行き、ロワナの安否を確かめたかったが、会うことすら出来ないだろう。4年後、交流会で皇城に行くまでは。
(4年後――長い)
とても待てそうにない。
❋❋❋❋❋❋❋❋❋
ノクティスは、使用人たちの目を盗み書斎に籠もったり、図書室に行き知識を身につけた。演武場には行けなかったので、狩りをして体力も付けた。
(まずは皇都に行かなければどうしようもない。皇妃の生家、ノースウェル伯爵家を調べなければ)
「502、503、504······」
片手で腕立て伏せが終わると一回転して起き上がる。
(身体は身軽だが筋力がなさすぎる)
身体作りと、皇都行きと、調べたいもの。頭をいつも回転させていなければ、すぐにロワナの事を考えてしまう。
「うぅ」
ノクティスは拳を握りしめた。
――翌日、半年ぶりにヴァルグレイス公爵が皇都から帰還した。領内で魔物の目撃情報があり、討伐する為だ。
「父上、僕も討伐に連れて行ってください」
公爵は目を丸くして聞いていた。いつ会っても大人しい三男の、初めてのおねだりだ。幼いながらも、私生児という立場が三男を大人しくさせているのだろう。
あまり気にかけてやれないので、要望があるならなるべく聞いてやりたいが···
「何故だ?討伐など、着いてきても楽しいものではないぞ」
「分かっております」
(ふむ。半年前と別人のような目だな)
「だがやはり討伐には連れて行けぬ。危険だからな」
6歳の、公爵家の令息だ。相応の返事だろう。
「分かりました。では父上、これだけ····」
「なんだ?」
「今回、討伐するのはワイルドベアですよね?巨軀で、倒すのが大変と聞きますが、ワイルドベアの弱点は首の裏だと、文献で読みました」
「ほう?長年ワイルドベアと戦っているが、知らなかったな。どの文献だ?」
「書庫の上の棚です」
「上の棚?ノクティスはもう上の棚の本を読めるのか」
欲しかった言葉を引き出せたので、ノクティスは満足した。討伐に付いて行きたかった訳でも、ワイルドベアの弱点を試して欲しかった訳でもない。自分には6歳以上の知識があると、父に伝えなければならなかった。
――討伐から戻った公爵は上機嫌だった。試しに首の裏に弓を当ててみると、一本で倒せたのだ。
上機嫌の父に、見聞を広める為に皇都に行きたいと言うと、すぐに許可が出た。こうしてノクティスは回帰前より3年早く、皇都の邸で暮らすことになった。
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