第7話ー立太子式
「第一皇子オーガスト・ノースウェル·アルカダイアを皇太子とする」
皇帝の宣言に、オーガストは膝を折り粛々と受け入れた。瞳に憎悪も野望も特に感じられない。穏やかな瞳をしていた。
皇妃たちの席を見ると、オーガストの母はぼうっとしたような朦朧とした表情だ。
(兄上のお母様のリディア皇妃は最近本当に静かだわ。皇妃の城にも誰か入れて調べてみようかしら)
回帰前は今のように落ち着いたドレスではなく、豪奢な物を好んでいたはすだ。生家が傾きかけているとは聞いたけど、それだけが理由ではなさそうだ。
その後も立太子式は滞りなく行われた。
「ロワナ、疲れてないかい?」
「まぁお兄様。主役の方がこんなに隅の方にいてよろしいのですか?」
「私は少し疲れたんだ。君に癒やされてもいいだろう」
そしてぎゅっと抱きしめられる。オーガストはロワナの頭に顎を乗せた。
「うーん、やはり睨まれるな」
「え?何か言いまして?」
オーガストが呟くように言ったので、周りの喧騒で聞こえなかった。
「いや、こちらの話だ。しかしロワナ、君のところには諸外国からの令息たちが挨拶に来ないな?」
ロワナはブスッとして答えた。
「お兄様、そういうことは思っていても口に出さないでください」
近隣の国から、高位貴族や王族たちも参席している。まだ婚約者も決まっていないアルカダイアの姫君たちに、息子を紹介しようと挨拶が引っ切り無しに行われた。ーーー回帰前は。
今回は来ない。ロワナの所には。アリアナの周りには常に人が群がっているので、おそらくそういう目的の人達だろう。
(どうしてかしら?別にいいけど。私が身体を鍛えて居ることでも広まっているのかしら?別にいいけど)
別にいいけど、少し面白くない。
「なぜ口に出してはいけないんだ?」
「ロワナは男性に人気がないんだな。と言っているようなものです」
ジロリと睨む。
きょとんとしたオーガストは、高らかに笑った。
「ハハハハ!そうとるとは。それは思いもよらなかった。すまない」
ロワナは驚いた。回帰前はこんな姿は見たことがない。笑う姿も、こうやって軽口を言えるなんて思いもしなかった。
「ふふ。いいですよ。謝罪を受け入れます」
(兄上は、もう私を殺さないわ。前みたいな事があっても、私を見捨てることはないでしょう)
オーガストの愛情がスッと心に落ちてきて、ロワナは微笑んだ。
「姉上、こちらにいらしたのですね。壇上にお上がりください。護衛騎士を選ぶそうです」
「ほう?護衛騎士を自ら選ぶのか?陛下も不思議な試みをするな」
(貴方も同じ試みをしたのよ)
オーガストに心の中だけで答えて、ロワナはホールの中央を見た。護衛騎士に志願した者たちが集まっている。
「私は護衛騎士は選ばないわ。お父様にも伝えてあります。お姉様と、リオンだけで行ってちょうだい」
オーガストの護衛騎士はもういるので、あとの2人で選んでほしい。
「えっ?どうしてです?」
「だって私の方が強そうだもの。私の実力は知ってるでしょう?」
「ロワナはそんなに強いのか?だとしても護衛騎士は必要だぞ」
兄弟たちの質問に答えながらも、ロワナは志願した者たちを見て眉を顰めた。
(あら?おかしいわね。いないわ)
赤銅色の髪が見当たらない。
(今回は志願しなかったのかしら。皇立騎士団に入る一番の近道なのに)
赤銅色は見当たらないが、赤茶色の頭を見つけて混乱した。
「え?ちょっと、志願者にヴァルグレイス小公爵がいるじゃない?どうして?」
「ん?いや、そんなはずはないぞ。小公爵は志願しないと言っていた。····ああ、ほら。小公爵はヴァルグレイス公の隣に座ってるじゃないか」
オーガストの視線に合わせ、ヴァルグレイス公爵を探した。ロワナは更に混乱した。ヴァルグレイス公爵の隣に座っているのはノクティスだ。
「どうしてノクティス卿が···」
「ああ、去年だったかな?ヴァルグレイスの跡取りはノクティスに代わったんだ。長男のイグナント卿と次男のロクサス卿が騎士団に入るそうだ」
「········」
「どうした?ノクティスが3男だからか?そう珍しいことでもないだろう」
「いえ兄上、相当珍しいことですよ。あ、イグナント卿がアリアナ姉さまの専属騎士になるようですね」
皇帝がこちらに視線を送った。壇上に来いと言うことだろう。しかしロワナはノクティスから視線が逸らせなかった。ノクティスが視線に気付いていたようで、こちらをチラリと見て、にやりと口の端を上げた。
ロワナはぽかんと開いた口がふさがらない。
(こ、今回は私の護衛騎士などなるつもりはないということ?)
「わ、私は気分が優れないので先に部屋に戻ります」
ロワナはなんとかそう言い、ホールを出た。
「1人で大丈夫かい?」
オーガストの問にも答えず、フラフラと歩いている。
(まぁ今日は衛兵だらけだし問題ないか)
チラリとノクティスの席を見る。ノクティスはもう居ない。
(あいつ。やはりロワナと何かあるのだろう。先ほども一緒にいたら睨みを効かせてきたし)
ノクティスのことは信用している。次期公爵となり、自分の右腕となるだろう。アカデミーでも常に一緒に居た。
自分を母の手から守ってくれた事も分かっている。
(あいつがうるさく言うから、アカデミーの休みのたびに城に戻り妹達に目を向けるようになった。おかげでここまで大事になってしまった訳だが···)
「兄上も一緒に行きますか?」
シオンが聞いた。末の弟も実に可愛い。
幼少期から、母に兄弟たちを憎むよう仕向けられていたが、そうならなくて本当に良かった。
「ああ。ロワナの護衛騎士は私が選ぶことにしよう」
(だが、すまないなノクティス。故にお前にあの子をあっさりとあげる訳にはいかなくなったぞ)
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