第6話ー兄の溺愛

ロワナは13歳になった。成人にはまだ遠く、自分を磨くことと勉学を積むことしかすることがない。

しかし時間を無駄にする事は出来ない。自分だけの忠実な部下を下町から探して来たり、身分を偽り人脈を広げたり、出来うる限りの力は付けたつもりだ。

回帰してから7年、鍛錬も怠っていない。もはや自分には護衛騎士など必要ないだろう。その辺の騎士よりは実力がある。



キーーン!


激しい金属音と共に剣が宙を舞った。

「参りました。皇女殿下」


ロワナは尻もちをついている騎士の首筋で刃を止めた。


「ロワナ!ここに居たのね」


振り返るとアリアナとエリシャがこちらを睨んでいる。ロワナは一瞬逃げようかと思ったが、観念して2人に近付いた。


「いい加減にしなさい。エリシャが私に泣きついてきましたよ。今日がどんな日か分かっているのでしょうね?」


ロワナはアリアナの眼を逸らして、口を尖らせた。

「分かっています。今日はお兄様の立太子式です」


だから落ち着かず、身体を動かしに来たのだ。


今日は兄のオーガストが、皇太子として立太子する日だ。

帝都はあちこちで花火が上がり、お祭り騒ぎである。ロワナは焦っていた。


回帰前の今日は、立太子式ではなく、オーガストの即位式だった。

この頃は既に、オーガストの実母である皇妃の手によって、皇帝が政務をこなせない程弱っていたからだ。


更に、今のオーガストは回帰前と違いすぎる。


「アリアナ。ロワナ!」


アリアナとロワナと同じ金髪に、左右の色の違うオッドアイ。第一皇子オーガストは2人の妹を明るい声で呼んだ。


「まだここにいたのか?まさか私の立太子式に参加しないつもりじゃないだろうね?」


不敵な笑みは回帰前と変わらない。だが、とても回帰前と同じ人物とは思えなかった。


「ロワナ!久しぶりだな。アカデミーも卒業したし、これから毎日会えるぞ」


オーガストはロワナを見るなり、脇の下を掴み持ち上げた。そしてそのままくるくる回る。


(あなた本当に誰ですか····)

ロワナは心の中だけで言い、表情を無にした。

オーガストのこの出迎えも慣れたものだ。会うたびにロワナを抱き上げる。――そう、回帰後のオーガストはロワナを溺愛していた。


(前はゴミを見るような冷めた目で私を見てたのにね···)

今では目に入れても痛くないと豪語している。


回帰後にオーガストに初めて会ったのは、7歳の時だ。今ほどではないが、愛情のある目で見られてロワナは戸惑った。それから会うたびに溺愛が加速していった。オーガストは何かと城に帰り、弟妹を可愛がった。


あの頃は信じられなかったが、のちのち調べたら原因が分かった。回帰前はアカデミーに通っていなかったノクティスが、アカデミーに入学し、友人として一緒に行動していたようだ。オーガストに執拗に接触していた皇妃を遠ざけ、オーガストが健全に成長出来るよう動いていた。


ロワナがこの事を知ったのは最近だ。最近になってようやく、アカデミーに潜入出来る実力の部下を持てたからだ。


「お兄様、そろそろ降ろしてください。準備をしなければ」

「そうだな。私のためにうんと可愛くしてきなさい」


ここまで来ると、半ば呆れる。しかし行き過ぎたこの愛情表現に、ロワナは慣れてしまっていた。


(前は愛情なんて期待していなかったから、どんなにひどく扱われても平気だったけど、今のオーガスト兄様に冷たくされると挫けてしまいそうだわ)


降ろされたロワナは、一瞬迷ったものの聞いてしまった。

「きょ、今日はヴァルグレイス公子はいらっしゃるのですか?」

オーガストは眉間にシワを寄せた。

「ふむ。ロワナは私に会うと必ず聞くな。親しい訳でもないのだろう?ノクティスからロワナの話題は聞かないし···」

オーガストの余計な一言がロワナの心を刺す。


「親しくはありませんが、どなたが来るか気になっただけです!ではまた後で!」

ロワナはその場を逃げるように去った。



ノクティスはアカデミーに入り浸り、会えもしなければ情報も得られない。だからオーガストに聞くしかなかったのだが、オーガストもまともに答えてくれなかった。


(繋がりがなければ、こんなにも会えないなんて)


時々、顔を見れたら良いな。と思っていた。なんせ回帰前のこの時期はほぼ毎日顔を合わせていたのだから。

それが7年も会えないとは思っていなかった。


オーガストの返事を聞かずとも、今日は来るだろう。回帰前のこの日は、彼を護衛騎士に任命した日だ。  王族の護衛騎士に何人か名乗りを上げていると聞いた。


居ても居なくても、ロワナの護衛騎士にするつもりはないが、顔が見たいのは事実だった。






❋❋❋❋❋❋


「姉上、準備出来た?僕たちが最後だよ」


ロワナはシオンと共に入場する。二人の体格差はほとんどない。シオンの方が少し背が高いくらいだ。かといって母が違うので似ている訳ではない。

オーガストの母とは、また違う皇妃を母に持つシオンは、母の身分が高くないため皇位争いにはならず、オーガストとも良好な関係を保っていた。


シオンは6歳の木登りの件から、特にロワナに懐いていた。アリアナも子供の頃から一緒に出掛けてくれるロワナが好きだったし、つまるところ回帰後のロワナの兄妹関係はとても良好だった。



広間の壇上に立つと、すぐに目に入った。筆頭公爵家なので、前の列にいるからかもしれないが。そうでなくとも、ロワナの目にはすぐに映っただろう。


久しぶりだが、横目でチラリとだけ視線を向けた。しっかりと見てはいけない。気づかれてしまう。


(もう一度だけ)

チラリとまた視線を向ける。


(ああ。もうあんなに背が高くなっているわ)

赤銅色の髪をしっかりとまとめ、冷ややかな視線を正面に向けている。


(もう私の騎士ではない)

分かりきっていることなのに、こんなに胸が抉られるとは。



「姉上?」

リオンの問いかけに、ロワナはハッとした。しっかり見ないどころか、見惚れてしまっていた。心の中で自分を罵り、前を向いた。

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