第3話 再会とお別れ

 教会で掃除をしたり、お祈りにきた信者からの相談を受けて過ごした。生活や人間関係の細々とした悩みなどは、この世界の暮らしを教えてくれる。

 夫婦共働きが普通で、この町は田舎からの出稼ぎ労働者も多い。出産率は高いが、小さいうちに事故や病気で亡くなる子も少なくないとか。バルバロッサも気を付けないと。


 一ヶ月ほどして、長い金の髪の美しい男性が教会を訪ねてきた。

「コンラートはいますか?」

「はい、すぐにお呼びします」

 きっと偉い人だわ。教会の彼の執務室に移動しようとしたところ、男性が私の腕を掴んで引き留めた。

「……君は……ガンダルヴァだね」

「え……と」

 これは答えていいんだっけ? 教会の中には、他に誰もいない。

「もしかして……コンラートのお嫁さんかな!?? はじめまして、私はコンラートの父です!」

 男性はそういうと、背中に真っ白い翼を生やした。普段はしまっておけるんだ! それにしても親子とは思えないくらい若いわ、兄弟みたい。

 ……って、それどころじゃない。恋人と勘違いされている。


「違います、私は……」

「かーたん、だぁれー?」

 訂正しようとしたところに、バルバロッサがきてしまった。すっかりお話しするし自分で歩くよ。本当に成長が早い。

「おおおおお! 私は君のおじいちゃんだよ!」

「おじーちゃ! おじーちゃ!!!」

 バルバロッサは大喜びで、両手を広げてコンラートパパにヨタヨタと突撃。だっこされて喜んでいる。誤解が広がっていく……!!!

「……父上、お帰りなさいませ。それで……どういう状況ですか?」

 バルバロッサの後から来たコンラート神官は、状況が分からず混乱していた。

「違うんです、お父様が勘違いされて……」

「私を父と呼んでくれるんだね!」


 とても嬉しそうな満面の笑みで、抱っこしたバルバロッサに頬ずりをしている。余計に誤解をさせてしまったわ! 慌てて訂正し、コンラート神官がしっかりと経緯を説明してくれた。

 理解してくれたものの、残念そうにされていたわ。悪いことをしちゃったな……。

「だからねバルバロッサ、おじいちゃんじゃないのよ」

「いや! おじーちゃだもん!」

「……おじいちゃんでいいじゃないですか、ねえ」

「ねー」

 バルバロッサの誤解は解けなかった。不意にお父様の視線が私に向けられるを。

「……ともかく、確かにガンダルヴァだと判明すれば復縁を求められますね。対策として、コンラートと結婚し、バルバロッサを養子にしましょう! そうすれば、手を出せなくなります」


 誤解を真実にしようとしている。確か再婚してれば、諦めるしかないだろうけど……。コンラート神官も困った表情をしていた。

「父上、いきなり結婚を提案されても、ハイとは言えないでしょう。とりあえず仮にですが、婚約者として一緒に他国へ移動して、ガンダルヴァだと公表しませんか? 私の戸籍は天人教会にあるので、簡単に他国へ渡れます」

「天人教会に戸籍を置いて身分証を作れば、どの国でも大歓迎されるんだよ。ただし、支援とかは最低クラスで、補助金とか全然ないから」

「ですが……」

 私の戸籍はこの国にあるのかな。侯爵夫人だったわけだし、記録はありそう。それにしても、この流れで婚約するのはあまりにも打算的だ。

 私が悩んでいると、コンラート神官は苦笑いした。

「……婚約してから、その後のことを決めませんか? 解消してもらっても構いません。私はあなたを好感の持てる方だと思いますし、バルバロッサがとても可愛いのです」


 バルバロッサを受け入れてもらえるのが、何より嬉しかった。

 数日悩んで婚約を承諾し、コンラート神官のこちらでの任期を終えてから、みんなで隣国へと引っ越した。私も審査もなく入れたよ。

 隣国へ着くとお義父様が喫茶店でも入るように気軽に登城し、皇帝陛下と約束なしで即日謁見して、私をガンダルヴァだと紹介した。

 皇帝陛下は非常に喜び、定住してほしいと、なんと馬車と使用人つきで家をくれたのだ。毎年支援金まで支払われる。ガンダルヴァがいると幸運が舞い込むと言われているそうな。

 そういえば元夫のアデルが昔、私と出会ってから何をやっても成功するって言ってたわ。

 コンラート神官に恩返しできていないし、せめて効果があるといいな。

 家は婚約者になったコンラート神官と、お義父様と、そしてお義母様も一緒に暮らす。お義母様は初老という感じで、お義夫様と年齢差があるように感じた。種族間の寿命の違いのせいみたい。でも二人はとても仲良しよ。


 一年後、ここでの暮らしにも慣れ、有力者へのお披露目も済み、ついにガンダルヴァの出現を各国に公表した。コンラート神官との婚約も同時に伝えられる。

 さらに三ヶ月後に開かれたパーティーで、元夫と再会した。

 バルバロッサはコンラート神官の子として育てられ、すっかりお父さんと呼ぶようになっていた。そんな我が子の姿を、眩しそうに眺めるアデル。なんだか、穏やかになったような。


「……リサ、元気だったようだね。あの子が……私の子か」

「ええ、でも伝えていないの。まだ理解できる年じゃないわ、何も言わないであげて」

 父親だと名乗るつもりだろうか。警戒して先に断ると、彼は力なく首を振った。

「……言えるわけがないよ。産まれたばかりの息子と、産んでくれた妻を追い出した非情な男だなんて。これが君を信じきれなかった私への、罰なんだろうな」

 後悔の滲む声色。なに不自由ないような侯爵家で、辛い思いをしていたのだろうか。懐かしい日々が浮かんで消える。こんな慈しむ眼差しをする人じゃなかったな。


「……勘違いしてない? まだ幼いから伝えないだけで、大きくなって本当の父親に会いたいと願ったら、会ってあげてほしいんだけど……」

「え? 神官様を父親だと教えてるんじゃ……」

 アデルは目を丸くしてこちらを振り返った。しっかりと目が合う。

「今はまだ、勘違いしたままなの。でも、ルーツを知りたがったら本当のことを教えたいの」

「私は……歓迎だが……。君と神官様が、それでいいなら」

 歯切れが悪い言い方をするけど、嬉しそうに口元が上がった。そういえば彼は、他人の子だと思ってたから一度も抱っこもしていないのよね。

「ありがとう、何かあったら相談するね。……次の恋人には、優しくしてあげてね」

 

 コンラート神官一家と暮らすようになってから、とても気持ちが穏やかなの。

 アデルと過ごしていた頃は、彼に相応しくなるよう、次期侯爵夫人として恥ずかしくないよう、侯爵家の一員の誇りが持てるよう努力して……、いつのまにか自分がなくなっていた。

 捨てられたら行く場所がない。ずっと怯えていたんだ。

 でもそれは、彼も同じだった気がする。今になって、彼も侯爵としての自分だけをご両親に期待され、自分の幸福を考えていなかったんだと思い至った。

 知らないから、他人にも与えられない。

 今のアデルは、昔より愛情深く感じる。心境の変化があったのかな。


「……優しくすることの難しさを、君に教えられたよ。私は今まで、成果を褒められても努力を認められたことはない。頑張ろうが、失敗は失敗だった。努力を褒めてくれたのは、君だけだった。君がくれた感情は、とても暖かかった」

「……うん」

 いい返事が浮かばない。目を伏せて小さく頷いた。

「君が幸せで安心した。ただ、……人の幸せは、何て苦い味なんだろう」

「後悔なら、私もしたわ。でももう、全部終わってしまったから」

 コンラート神官と一緒にテーブルからお菓子を選んで食べるバルバロッサの姿は、血は繋がらなくても本当の親子だった。


 アデルが無理矢理バルバロッサを引き取ろうとする心配はないわね。

 そのまま別れ、私はコンラート神官の元へ戻った。もうきっと、振り返ることはない。

 やっとコンラートの笑顔を正面から受け止められる、そんな気がしていた。




読んでいただきありがとうございます。

星やいいね、フォローもありがとうございます!

思い付いた設定のみまに書いたら、こうなった……!

規定文字数にて終了です(^^)/

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転移して子供を産んだら捨てられました!? 神泉せい @niyaz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画