断罪するクンツァイト

武田杏

第1話 始まりの朝

空には砕いたガラス片のような、星屑が散らばっていた。


襖を開けっぱなしにしていたせいで、部屋は冷え切ってしまった。

隣で眠る、主人を起こさないように、そっと布団をかけなおす。くぐもった声をだし、寝返りをうっていたが、目を覚ますことはなかった。


オレは、緩んでいた帯を軽く締め直し、台所へ向かう。

蛇口をひねり、飲料水を汲む。今の東京で、手軽に飲み水が手に入るのはこの屋敷だけだろう。


屋敷の主人であり、オレを弄ぶ芹澤ひすいがここを住みやすく作り替えていた。

もし、水を飲みたければ、近くを流れる神田川か隅田川に向かうか、不忍池を濾過する必要がある。濾過装置を仮に持っていたとしても、それを動かすための瑰玉が必要だ。一度手にしてしまえば恒久的に使用できる。しかし、生きているヒトの魂に等しい結晶が簡単に手に入る訳では無い。なので、通常、その人に備わった咏回路を起動させて奏術を発動させる。躰の中で濾過を行い、水を飲むのだ。


このカリナン=東京で生きていくには、人体に備わる瑰玉と咏回路、これを用いらない限りは生きていくことができないのだった。


奏術を使わずに、水を飲む。この屋敷は芹澤ひすいが、仕事の対価として受け取った瑰玉が数多くあった。勿論、効果な宝飾や、珍しい鉱物標本もある。それでも数として多いのは瑰玉なのだろう。

オレは夜風に当たりながら、目を閉じた。


躰に咏回路が無い。これは深刻な問題だ。

だって、綺麗な水が飲めない。力だってとても弱い。

だから、人工的に作られた咏回路を埋め込むのだ。これは人間もどきヒューマイムにも使っている。拒絶反応は起こさないはずだった。

オレの躰は一切を受け付けない。六つの結晶系全てを試したが、望んだ結果は得られずに終わった。それでも両親はなんとかして希望を見つけた。


――東京には、凄腕の技術者がいるんだ。その人だったら治せるかもしれないね。


その人の元に行って、解決方法が見つかったらしい。

しかし、躰に咏回路を宿す夢は潰えた。両親は待てど暮らせど帰ってこない。


オレは家と飛び出した。生きるのに必死になったが、オレは慰み者だった。

ある日、破壊の限りを尽くされたときに、八本足の真っ黒な蝶々に出会った。

「君、私の玩具にならないかい」


目を覚ますと見慣れた天井があった。十二畳の和室に、一人で布団に入っていた。

台所から、美味しそうな匂いと、軽快な鼻歌が聞こえてきた。


引き戸を開けると、眼帯を付けた女性、つまりオレの主人である、芹澤ひすいが朝食の準備をしていた。


「おはよう。ユーイチ。台所で居眠りするのは感心しないな。風邪でも引いたらどうするんだ。うなされていたから、布団に戻しておいたぞ」


「おはようございます。朝から随分気合が入っていますね」


席に着いたとき、自分の箸が無いことに気が付いた。

オレは朝から味噌汁と焼き魚まで作ったひすいさんに埋め込まれた咏回路を起動させる。引き出しから自分の箸を引き寄せた。


「大分、扱いがうまくなったな」

「まあ・・・・・・特訓しましたから」


こうして一日が始まるのだった。

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