第3.5話「猫と名乗りと条件反射」
公園のベンチ。
崩れたケーキをみんなで美味しく平らげ、「ごちそうさまでした」と手を合わせた、その直後のことだった。
桃子は、空になったタッパーを膝に置いたまま、じーっとリキの足元を見つめていた。
正確には、リキの足元で顔を洗い始めた白い猫――ミャスターを。
「……あの」
桃子がおずおずと口を開く。
「どうかしたか、嬢ちゃん?」
剛がつまようじを咥えながら尋ねる。
「さっき……変身する時も、戦ってる時も、すごく自然に会話してたから、その時は気にならなかったんですけど……」
桃子は恐る恐る指を伸ばし、ミャスターのフワフワの頭を突っついた。
「ニャ? 気安く触るな、新入り」
ミャスターが鬱陶しそうに前足でその指を払いのけ、人間の言葉で文句を言った。
その瞬間。
「きゃあああああああああっ!!??」
桃子の悲鳴が、黄昏時の公園に響き渡った。鳩が一斉に飛び立つ。
彼女はベンチから転げ落ちそうになりながら、真っ青な顔で後ずさった。
「ね、ね、ね、猫が喋ったぁぁぁっ!?」
「今更かよ!!」
リキと剛の声がハモった。
「さっき『見事ニャ』とか『合格ニャ』とか言われて、普通に返事してたじゃねぇか!」
「そ、それは……夢中で必死だったから……! ええっ、どういうこと!? 腹話術!? AIロボット!?」
「失礼な奴だニャ。吾輩は高貴なる五味仙界の守護聖獣だと言っただろうが」
ミャスターは呆れ顔でヒゲを整え直した。「まったく。感受性が豊かすぎるのも考えものだニャ」
しばらくして、ようやく動悸が収まった桃子は、ベンチに戻りながらもう一つの疑問を口にした。
「……でも、不思議。猫さんが喋るのも驚きだけど、私、もっと変なことがあって」
「ん? 変なこと?」
「変身した後……勝手に体が動いたの。『ときめく甘さ!』とかポーズ決めたりして。私、あんな台詞考えたこともないし、あんなポーズ練習したこともないのに」
桃子は自分の手を見つめた。
変身した瞬間、まるで長年染み付いたダンスの振付のように、体が勝手に「正解」の動きをなぞったのだ。
「ああ、それな!」
リキが膝を打って同意する。「俺もだ! 『白米の如き輝き!』とか、口が勝手に喋って、気づいたらビシッとポーズ決めてた。なんでかわかんねぇけど、そうするのが『当たり前』って感じだったんだよな」
「俺もそうだぜ」
剛も腕組みをして頷く。「『みなぎるスタミナ!』なんて、普段の俺なら恥ずかしくて言えねぇよ。だが、あのスーツを着た瞬間、腹の底から自然と湧いてきやがった。……まるで、体が最初から『そう動くように出来てた』みてぇにな」
三人は顔を見合わせ、首を傾げた。
誰に教わったわけでもない。台本を読んだわけでもない。
なのに、五人は――いや、今はまだ三人は、息の合った名乗りを完璧にこなしてしまった。
「ふっふっふ。不思議がることはないニャ」
ミャスターが、ニヤリと口の端を吊り上げて笑った。
「それは『インストール』されたのニャ。ゴチソウブレスを通じて、歴代の食の守護者たちが積み上げてきた『美味しく頂くための
「作法……?」
「そうだ。料理人が包丁を持てば自然と構えが決まるように、あるいは空腹の人間が『いただきます』と言えば自然と手が合うように。食を愛する魂を持つ者にとって、あの名乗りは条件反射のようなものだニャ」
ミャスターは、夕日を背に、尊大かつ厳かに告げた。
「誰かに聞かなくても自然に出来る。頭で考えるより先に、魂が『在り方』を叫ぶ。……ゴチソウジャーに選ばれるとは、そういうことだニャ」
桃子は、自分の胸に手を当てた。
トクトクと脈打つ鼓動。
さっきのポーズも、台詞も、誰かに操られたものではない。自分の中に眠っていた「何か」が、ブレスという鍵によって引き出されただけなのだ。
「……そっか。あれが、私の『ホイップクリーム』としての魂の形……」
「可愛かったぜ、嬢ちゃん!」
笑い合う三人を見ながら、ミャスターは心の中で呟いた。
(そうだ。その『形』は、お前たちが五味仙界の力を受け入れる器として完成している証拠。……残る二人は、少々厄介な味がしそうだがニャ)
戦士たちの身体には、既に「ごちそう」としての誇りが刻まれている。
それは、これから来る過酷な運命に立ち向かうための、最初で最強の武器だった。
次の更新予定
五味五色ゴチソウジャー 喜屋武七 @w230457raz
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