第1.5話「禁断のチャーハンと、猫の腎臓」

 『まんぷく弁当』の厨房に、ジャアアッ! という小気味良い音が響き渡る。  中華鍋の中で踊るのは、黄金色の卵を纏った米粒たち。  刻んだナルト、チャーシュー、そしてたっぷりの長ネギ。仕上げに鍋肌から醤油を垂らせば、香ばしい焦げた匂いが店内に充満した。


「へいお待ち! まんぷく特製、五目チャーハンだ!」


 リキがドンと皿を置く。  湯気と共に、食欲をそそる匂いが漂う。  カウンターの上で待ち構えていたミャスターは、鼻をヒクつかせ、目を細めた。


「ほう……。米の一粒一粒に油が回り、パラリと仕上がっている。匂いも悪くないニャ」


 ミャスターはスプーンを器用に前足で持ち上げた。  だが、口に運ぶ直前でピタリと止まり、ジロリとリキを睨み上げた。


「……ところでリキよ。一つ説教をしておく必要があるニャ」

「あん? なんだよ、冷めちまうぞ?」

「貴様……本気でこれを『猫』に食わせるつもりか?」


 ミャスターの雰囲気が、歴戦のシェフのように鋭くなる。


「いいか、よく聞け。人間にとって『美味い』と感じる塩分濃度は、体の小さな猫にとっては致死量に近い毒だニャ! 腎臓に負担がかかり、寿命を縮めることになる」

「えっ!? マジかよ!?」  リキが青ざめる。

「さっきのおにぎりもそうだニャ。塩をまぶしたと言っていたが……普通の野良猫にあんなものを食わせたら、脱水症状で死にかねんぞ!」

「うわああごめん! 俺、良かれと思って……!」

 リキが頭を抱える。動物を飼ったことがない故の無知。善意が仇になるところだった。


「それに、このチャーハンに入っている『ネギ』! 玉ねぎや長ネギに含まれる成分は、猫の赤血球を破壊する猛毒だニャ。一口でも食えば、貧血を起こしてダウンだ」

「ど、毒!? 食い物が毒になるのかよ!?」

「人間には薬味でも、種族が違えば毒になる。……『食べる』ということは、相手の命の仕組みを理解することだ。愛情だけで突っ走るのが一番危険なのだニャ」


 ミャスターの言葉は重かった。  リキは反省し、皿を下げようとした。


「悪かった……。すぐに捨てて、味付けなしのササミでも茹でてくるよ」

「待て」


 ミャスターが素早い猫パンチで、リキの手を止めた。


「誰が捨てろと言った? 食べ物を粗末にする奴は、吾輩が成敗するニャ」

「え? でも、毒なんだろ?」

「フン。……それはあくまで『普通の猫』の話だニャ」


 ミャスターはニヤリと笑い、スプーンでチャーハンを山盛りにすくい上げた。


「吾輩は高貴なる五味仙界の守護聖獣! その強靭な内臓機能は、人間の塩分ごときで揺らぎはせん! ネギの毒素など、胃袋の中で瞬時に分解・無害化できるわ!」


 ガツガツガツッ!!  ミャスターは猛烈な勢いでチャーハンを頬張り始めた。


「うめっ! うめぇニャ! 塩気が効いてて最高だニャ!」

「……お前、結局食いたいだけじゃねぇか」


 リキは呆れつつも、ホッと息をついた。  皿はあっという間に空になった。


「ごちそうさんニャ。……だがリキ、覚えておけ。道端の猫に同じことをしたら承知せんぞ」

「おう、肝に銘じとくよ。……ったく、人騒がせな神様だぜ」


 リキは苦笑いしながら、空になった皿を洗い始めた。  知識なき善意は罪。だが、それを笑って許し、平らげてくれる相棒がいる。  それはそれで、悪くない夜食の時間だった。


(第2話へ続く)

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