第5話「拾いものには名がある」




 「だから言っただろ、こっちは田んぼだって」


 「戦があるかもしれねえんだぞ」


 「戦より稲だ。稲は逃げねえ」


 畦道で、2人の農民が言い合っていた。


 「で、お前は何だ、その布」


 「拾った」


 「拾うな」


 即答だった。


 男は肩をすくめた。


 「だって落ちてたんだ」


 「落ちてるのは運だけにしとけ」


 「剣だぞ? 役人に見つかったら――」


 「だから包んでる」


 理屈が合っているようで、何も合っていない。


 「で、何に使う気だ」


 「……鍬の代わり?」


 全員が黙った。


 「土、斬れるかな」


 「斬るな!」


 「田んぼに剣振るうやつがあるか!」


 男は笑った。


 「冗談だ」


 その笑いが、妙に軽かった。


 「重くねえんだよ」


 「は?」


 「剣が」


 男は布の上から、ひょいと持ち上げる。


 「おいおい」


 「お前、力持ちだったか?」


 「知らねえ」


 男は首をひねる。


 「昨日までは、米俵で腰やってた」


 仲間が顔を見合わせる。


 「……気味が悪い」


 「気のせいだろ」


 男は言って、歩き出した。


 「ほら、日が高くなる」


 その背で。


 布の中の剣が、かすかに鳴った。


 ――カン。


 「今、音したぞ」


 「してねえ」


 男は即答した。


 「してたって」


 「剣がしゃべるかよ」


 笑い声が、畦道に残る。


剣を拾ったのは八兵衛という少年だった

 


 「……なあ」


 新助が、畦道を歩きながら言った。


 「さっきの音、本当に聞こえなかったのか」


 「聞こえたって言ってたらどうする」


 八兵衛は前を向いたまま答えた。


 「どうするって……捨てる」


 「じゃあ聞こえなかった」


 即答だった。


 新助は溜め息をつく。


 「お前なあ……」


 「だいたいさ」


 八兵衛は歩調を緩めた。


 「剣が鳴いたくらいで騒ぎすぎだ」


 「鳴くのがおかしいんだ!」


 「じゃあ、鳴かない剣って何だよ」


 「……鉄だ」


 「同じじゃねえか」


 新助は言葉に詰まった。


 「とにかく、家に持ち帰るな」


 「なんで」


 「厄介事は、近づけないのが一番だ」


 八兵衛は少し考えた。


 「じゃあ、畑に置く」


 「余計だ!」


 声が裏返る。


 「それ、畑にいる意味あるか?」


 「鳥除け」


 「鳥が逃げる前に人が逃げるわ!」


 二人は立ち止まった。


 風が、稲を揺らす。


 その隙間で。


 ――す、と。


 八兵衛の背中で、布がわずかに動いた。


 「……なあ、新助」


 「今度は何だ」


 「この剣さ」


 八兵衛は首をかしげる。


 「持ってると、腹が減らねえ」


 新助は、ぴたりと止まった。


 「……は?」


 「朝から何も食ってねえのに」


 八兵衛は笑った。


 「変だろ」


 たしかに変だった。

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