第3話「言葉は、刃より遅い」



 夜の陣は、昼よりも騒がしい。

 焚き火の音、負傷者の呻き、

 そして――言葉。



景真 × 弥助


「……言えなかったのか」


 朝倉景真は、弥助の顔を見ずに言った。


 弥助は、黙っていた。

 胸の奥が、まだ軋んでいる。


「和睦は嘘だと、分かっていたな」


「……はい」


「なら、なぜ」


 弥助は唇を噛む。


「言えば、

 誰かが……早く死にます」


 景真は、しばらく黙ったあと、言った。


「結果は、同じだった」


「……はい」


「だが」


 景真は、ようやく弥助を見る。


「それでも、

 俺は知りたかった」


 弥助は、その言葉に、初めて顔を歪めた。



景真 × 玄蕃


 犬塚玄蕃は、刀を拭いていた。

 血は、もう乾いている。


「勝ったな」


 景真の言葉に、玄蕃は頷く。


「……勝ちました」


「斎藤家の兵は?」


「……多くは、逃げました」


 その“間”に、

 景真は気づいていた。


「斬りすぎたか」


 玄蕃の手が、止まる。


「……覚えていません」


 それは嘘ではなかった。


 景真は、それ以上聞かなかった。



僧 × 景真


 僧は、名を**空然(くうねん)**と名乗った。


「勝利、おめでとうございます」


「祝いの言葉には、聞こえぬな」


 空然は微笑まない。


「勝った戦ほど、

 後で多くを奪います」


 景真は、鼻で笑った。


「では、負ければ良かったと?」


「いいえ」


 空然は、静かに首を振る。


「“選び続ける”ことが、

 もっとも人を妖に近づけるのです」


「……俺を、妖と?」


「いえ」


 空然は、まっすぐに景真を見る。


「まだ、人です」


 その“まだ”が、

 景真の胸に、わずかに引っかかった。



農民たちの会話


 陣の外れ。


「家が……なくなった」


「誰の軍だ」


「知らねぇ……」


「……刀、拾ったって奴がいるらしい」


 その噂を、

 焚き火の向こうで、誰かが聞いていた。





 夜更け。


 景真は一人、畳の間にいた。


「勝ったのだ」


 言葉にしても、

 なぜか重い。


 その時、

 背後から、誰でもない声がした。


「言葉とは、

便利なものよ」


 振り返る。


 誰もいない。


「斬る前に、

言えば良かったと

思えるのだからな」


 景真は、刀に手をかけた。


「……誰だ」


「座る者ではない」


 声は、笑っていた。


「まだ、な」


 火が揺れ、

 畳の影が、ひとつ増えた気がした。

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