第2話「旗の下に集うもの」



 斎藤家の陣は、静かだった。

 静かすぎる、と言っていい。


 武将・**斎藤 政房(まさふさ)**は、焚き火の前で兜を膝に置き、動かなかった。

 勝てる戦ではない。

 だが、退ける戦でもなかった。


「朝倉は、理想を語る」


 政房はそう言って、鼻で笑った。


「戦を終わらせるための戦、だとさ。

 そんなものを信じるのは、勝つ側だけだ」


 家臣の一人が言う。


「和睦の使者は戻りませんでした」


「だろうな」


 政房は初めから分かっていた。

 朝倉景真という男は、甘い。

 だが同時に――切れる。


 理想のためなら、迷いなく。


「明日、来るぞ」


 それは予言ではなく、確信だった。



 一方、朝倉家の陣。


 朝倉景真は、地図を見つめていた。

 敵の布陣は堅い。

 斎藤家は、無能ではない。


「和睦は嘘だったな」


 呟くように言ったのは、弥助だった。

 胸の奥が、朝から軋んでいる。


 ――斎藤は、戦う気だ。


 だが、弥助はそれ以上を言わなかった。

 確証がない。

 言えば、誰かが死ぬ。


「……そうか」


 景真は、静かに頷いた。


「なら、終わらせよう」


 その言葉に、迷いはなかった。



 戦は、朝霧の中で始まった。


 矢が飛び、

 太鼓が鳴り、

 人が倒れる。


 斎藤政房は、前線にいた。

 逃げない。

 逃げれば、家が潰える。


「押せ! 朝倉は数を出しているだけだ!」


 その叫びは、途中で止まった。


 ――速すぎる。


 敵陣から、一つの影が躍り出た。


 犬塚玄蕃。


 人の動きではない。

 斬る前に、もう次が見えている。


 政房の兵が、三人、四人と倒れる。


「化け物か……!」


 だが、政房は目を逸らさなかった。


「あれも、人だ」


 そう言い聞かせるように呟く。


 だが、玄蕃の目には、もう人はいなかった。



 朝倉景真は、それを見ていた。


 勝てる。

 玄蕃がいる限り。


 だが、

 その勝利の形が、どこか歪んで見えた。


「……進め」


 命じたのは、景真自身だ。


 その瞬間、

 斎藤家の陣は崩れた。



 夕刻。


 斎藤政房は、膝をついていた。

 逃げ場はない。


 朝倉の兵が、槍を構える。


 景真が前に出た。


「降れ。

 これ以上、血を流す必要はない」


 政房は笑った。


「やはり、甘いな……」


 そして、続ける。


「だが、その甘さが

 どれだけの首の上に成り立っているか――

 忘れるなよ」


 斬られたのは、その直後だった。



 戦は終わった。


 朝倉家の勝利。

 人々はそう記すだろう。


 夜。

 陣の畳の間。


「殿、上座へ」


 景真は一歩進み、

 ふと、足を止めた。


 そこに、

 誰かが“先に座っていた”気がしたのだ。


 だが、誰もいない。


 景真は、何も言わず、座った。


 その瞬間――

 どこかで、

 満足そうな気配が、静かに息をした。

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