第2話 ゲームのような異世界
PR7年5月3日23時50分
ハテナは、自分の部屋の中心で立っていた。
土足であるが、足に履いているのは新しいスポーツシューズ。
肩には大きなリュックサック。手にも大きなボストンバック。
そして、着ている服は、頑丈なプロテクターだ。
防刃のアームカバーに、防刃ジャケット、ヘッドギアに、盾まである。
高校生であるハテナが買えるモノで、最も頑丈なモノが全身を覆っていた。
(そろそろだ……)
夕食の時間に、すでに家族との別れは済ませている。
さりげなく、だが気付かれないように、両親には感謝の言葉を送り、弟と妹にはこれからの家の事を託した。
泣かないように話すのは大変だったが、それでも、108回の死によって、家族に悟られないような演技力は身についている。
(大丈夫、大丈夫)
108回で、様々な事を試した。
様々な死に方をした。
(大丈夫、大丈夫)
何をやってもダメだった。
何をしても殺された。
(大丈夫、大丈夫)
だからこそ、言う。
だからこそ、言い続けないといけない。
(大丈夫、大丈夫……)
顔は、涙で濡れていた。
鼻水を拭く余裕もない。
それでも、ハテナは前を見る。
PR7年5月3日23時59分59秒
世界が歪む。
空間が変わる。
一秒間の浮遊を味わい、ハテナは着地した。
場所は西洋風のお城の中にある玉座の間。
顔が見えない兵士達に取り囲まれている。
そして、ハテナの周りにいるのは、見覚えのある顔ばかりだ。
クラスメイト。同級生。担任。別のクラスの教師。学年主任。部活動のコーチ。
ハテナが通う『天浮橋自凝高等学校文化創造学部』の二学年に関係する者たち、総勢108名が玉座の間に揃っている。
そんなこと、確かめるまでもない。
108回の死で、ずっと見てきた光景だ。
「よくぞ集まった、勇者たちよ」
玉座に座っている髭を生やした王様が話を始める。
(今のうちに……)
その話を聞く前に、ハテナは玉座の間を飛び出した。
城を廊下を走り抜け、ハテナは城門を目指す。
兵士たちがいるが、誰もハテナを止めることはない。
それはそうだろう。彼らはNPCという存在、らしい。
(こいつらはただそこにいるだけの人形。人じゃない。あの王様も)
この知識をハテナに与えたのは、同じクラスのゲームやアニメ、漫画が好きな女子生徒だ。
何回か死亡した後、情報収集をしているときに教えてもらった。
本人たちは否定していたが、おそらくは彼氏っぽい男子生徒と一緒に興奮しながら、この状況について語っていた。
(いわゆる、この状況はテンプレ、らしい。異世界転移とかいうWEB小説によくあるジャンルで、同級生たちと一緒にゲームのような世界に飛ばされて、冒険するという、ふざけた話)
今頃、玉座の間は大騒ぎになっているだろう。
異世界転移をハテナに教えてくれた女子たちも、叫んでいるはずだ。
(確か、毎回チートチートとはしゃいでいたっけ。異世界転移された人に備わるという特殊能力。どんなチートがあるのか、とワクワクしていたけど)
ハテナは城門にたどり着いた。
道中、兵士やメイドなどに遭遇したが、ハテナを見るだけで誰も声さえ出さない。
まさしく、人形だ。
そして、それは城門に立っている兵士たちにも言える。
彼らも、ハテナの前に立ち塞がるようなことはない。
そのまま、ハテナは城門をこえて、城下町を走っていく。
その足を止めることはない。
なぜなら、そうしないと確実に死ぬからだ。
そのまま、ハテナは城下町を取り囲んでいる壁にある扉も超えて、町の外に出た。
広い草原が、続いている。
その草原を、ハテナは駆けた。
しばらくすると、鬱蒼とした森が見えてくる。
そして、その森の入り口の前に、一匹のウサギがいた。
そのウサギの額には、一本のツノが生えている。
(……モンスター。人間を襲う存在。私はアレを倒さないといけない……このナイフで)
ハテナは父親が趣味にしたい(趣味、ではなく趣味にしたい、だ。ちなみにその希望は今のところは達成されていない)と購入していた大振りのナイフを構える。
重たいが、必要な重さだ。
あのモンスターを倒すために。
(1時間以内。それがリミット)
この世界での最初の関門。
理屈も理由も不明だが、この世界に来てから1時間以内にモンスターを倒さないと死んでしまう。
ハテナが最初にこの世界に来た時の死因がそれだった。
まだ、何もわかっていなかったとき、馬鹿正直に王様の話を聞き、銅のような金属で出来た剣とお金のようなモノを渡されて、お城から放り出された。
そのまま、困惑しつつも仲の良い同級生達と合流し、一緒に行動したいと思っていたクラスメイトを探している間に、気がつけばハテナは死んでいた。
どうやって死んだかわからない。
ただ、一週間前の日に戻ると同時に、漠然と108回の回数の中で1回が消えたことを理解した。
だから、ハテナは急いだのだ。
(1時間のリミットしかないのに、中身のない王様の話を聞く理由がない。聞いているだけで10分は無駄にする。まずは、このモンスターを倒す)
一本ツノのウサギがハテナに向かって突撃してくる。
それを、ハテナはポリカーボネート製の盾で受ける。
(ぐっ!?)
一メートルはあるモンスターの突進を受け、ハテナは吹き飛ばされた。
(本当に、嫌になる。あの子たちはチートとかはしゃいでるかも知れないけど……そんなモノ無いから!!)
この世界では、テンプレと呼ばれる世界観にあるチートという特殊能力は一切ない。
少なくとも、ハテナは108回の死亡の中で一度もそういった特殊能力は手に入れる事は出来なかった。
もしかしたら、その108回死ねるということがチートだったのかもしれないが、それが何の役に立つのだろう。
そんな事が出来ても、ハテナが出来るようになったことは、一週間学校を休みながら、異世界に転移しても動けるように装備を整えることだけである。
(といっても、高校生が用意できるモノなんてたかが知れている。ちょっとした防具に、ナイフ。そして……)
ゴロゴロと地面を転がりながら、ハテナは準備をする。
そして、そのまま地面に倒れたまま動きを止めた。
すると、一本ツノのウサギのモンスターは、ゆっくりとハテナに近付いてくる。
警戒しているのだろう。
ヒクヒクと鼻を鳴らし、目をハテナの事を凝視してる。
追い詰められた獲物の怖さを知っているのだ。
そのため、ゆっくりと、慎重に、ハテナにとどめを刺すために近付いてくる。
それが、ハテナの狙いだ。
(……まだ、まだ……今!!)
充分に引きつけてから、ハテナは用意していたスプレーを一本ツノのウサギに吹き付ける。
クマを撃退するために使うスプレーだ。
中身はカプサイシンなどの刺激物であり、鼻や目などの粘膜に触れると激痛を起こす。
その効果はモンスターである一本ツノのウサギにも発揮される。
「ピギギイ!?」
一本ツノのウサギが、激痛で苦しみ、のたうち回る。
「これだけ、近づけて吹きかけたら痛みで逃げることも出来なくなる。それは、知っている」
ハテナは起き上がると、ビクビクと震えている一本ツノのウサギを見下ろした。
一本ツノのウサギは痛みで動くこともできなくなっている。
「まず、第一関門……」
動けず、隙だらけになった一本ツノのウサギのクビに、ハテナは狙いを定めた。
大型のナイフでも、一撃では殺すことは出来ない。
だが、深く刺す必要はある。
楽に殺そうという慈悲ではない。
ただ、そうしなければ、モンスターであるこの一本ツノのウサギは反撃してくる可能性があるからだ。
「ふぅー……ふぅー……」
呼吸を整え、ハテナはナイフを振り上げる。
その時だった。
風を切る音と共に、何かがハテナの後ろから飛んできた。
「……え?」
「おーし、三匹目。やっぱ序盤はこれだよな。ボウガン。雑魚ばっかりだから楽勝」
飛んできたのはボウガンの矢で、その矢は一本ツノのウサギの額に刺さっている。
そして、その矢を飛ばしたのは、制服を着ているハテナの同級生だった。
*108回の死亡者は、『!』『?』に推されている おしゃかしゃまま @osyakasyamama
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