(番外)第0.5話 検察と公判前手続き
「……以上が詳細な事件の経緯になります」
裁判開始前にサンクリフトは裁判所の会議室で検察の起訴内容を聞いていた。
公判前手続き。地球では裁判員裁判の時など限られた場合にしか行ってないが、重大な事件での裁判の争点を明らかにするために事前確認を行うための手続きである。宇宙連盟では別星間での裁判を担当することが多いため、各星の文化の差を摺り合わせるためにほぼ毎回開催されている手順だ。
普段なら通信越しでの参加で十分と判断することも多いのだが、今回ばかりは事件の重大性と複雑さから実際の裁判所までサンクリフトは足を運んでいた。手元に印刷した物理資料をの厚みを手で確かめる。リスト化されて管理された静止映像記録や文字起こしされた音声記録で証明された事件全体の経緯はサンクリフトがフジノに確認した内容と相違なかった。
「………ありがとうございますバークロー検事。いくつか質問しても良いでしょうか?」
裁判長が二人組の検察官のうち主担当である簡易呼吸器をつけた若い検事に声をかける。
「呪術行為。私もいくつかの呪術的な文化行為を知ってはいますが、どの呪術行為も実際に効用があるものではありません。しかし、この起訴内容では呪術行為によって二億もの原生住民が死んだという主張になります。そんなことあり得るのでしょうか?」
端的に裁判長はこの事件における最も重大な争点を問いかけた。
裁判は前例踏襲主義だ。この裁判で“呪術行為は実害を与える”と判断されるということはこれからの裁判にも影響を及ぼすことになる。
その判断を行うことになる裁判長としての責任は計り知れない。
「あり得ます。我々はそう考えています」
まだ検事バッジの金鍍金も真新しい検事は強く言い切った。
「しかし、呪術行為は全ての異星人に効用を及ぼす訳ではないとも思っています。つまり今回の一件においてのみ成立しうる極めて特殊な事例でした。この説明には資料5から始まる論文の説明が必要になりまして……」
バークロー検事はなめらかに説明し、口元の簡易呼吸器の位置を調整した。おそらく一定量以上の酸素供給を阻害するための装備なのだろう。原則裁判は被告が呼吸器やサポート器具を必要としない環境で実施されると定められている。地球人の弁護士として地球人の被告側に立つことが多いサンクリフトには無縁のものだったが見慣れた光景だった。
「なるほど……論文についてもこの場で説明をお願いできますか?」
「はい、裁判長」
頷いて話を進めようとする彼らを前にサンクリフトは流れを遮るように手を挙げる。
「……サンクリフト弁護士、なにか気になることが?」
「はい。先に確認したいことがあります。検察側は業務上過失致死として今回の一件を立件していますが、求刑についてはどう考えているのでしょうか?」
サンクリフトの問いかけは沈黙をもって迎え入れられた。
裁判長の視線が担当検事であるバークロー検事に。バークロー検事の視線が隣に座っているもう一人の検察官……おそらく上司に向かう。そうやって視線を集めたその人物……ロライト検事正はサンクリフトに八つもある眼を一斉に向けてゆっくりと口を開いた。
「業務上過失致死は極刑もあり得る規定よ。過去には業務上持ち込んだ殺虫剤の不適当な使用で知性生命体約四名を死に至らせた人物が業務上過失致死罪で極刑を受けている事例もある」
自己紹介は受けていた。テグア・ファイブ・ロ・ライト・ウェンテグセン検事正。
宇宙法曹界ではかなりの有名人だ。検察局の冷血といわれ特に難しい他星間事例ばかりを担当している叩き上げの検事。先の殺虫剤の事例も彼女の担当であった。
殺虫剤を持ち込んだ有害生物を駆除する業者の星では知性生命体に対して無害だった殺虫剤が、その星の知性生命体には有害な成分を含んでおり、四名死亡したという法曹界では有名な事件だ。
被告は結果として、極刑のうちから「星間移動禁止」となった。
これは被害者側の星がその求刑で出したからだ。
宇宙では極刑にも色々ある。二度と星間移動権の公使ができなくなるものから、生存権の剥奪まで。
様々な知性生命体や文化の混じる宇宙連盟では、権利の永久剥奪が極刑として扱われている。そして、文化によって様々な考え方がある以上、与えたい罰というものの正当な判断は被害者遺族……被害者の種族しかいないのだ。
しかし今回の事件においては被害者遺族どころか被害者種族も既に存在していなかった。
「今の宇宙には知性生命体三名以上の死亡に対して与えられる極刑以上の刑罰は無い。そして有機生命体にとって、もっとも大きな罰が生存権の剥奪とされている。……それでも一つの種族の完全な絶滅という罪に見合うだけの刑罰には物足りないかも知れないけど」
ロライト検事は冷淡にその言葉を告げた。
───死刑。
それが検察の、この事件における求刑だった。
惑星呪殺裁判 @may-sick0501
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