第2話 冒頭陳述
これより冒頭陳述をさせていただきます。バークロー検事です。よろしくお願いします。
時系列の説明容易のために時間軸については地球標準時間を用いて説明しますのでお手元の資料で地球標準時について確認をお願いします。
(二人いる検事のうち、若いほうが立ち上がり話し始めた。)
フジノ・ハイブリッジは船団における地球コロニーにおける養護院の出身。養護院を卒院する地球人の責任年齢の時に推薦で宇宙連盟の就職試験を受け採用されました。地球人の責任年齢は十八歳で、そこから十五年の間各地、約八種族の原生住民の支援活動に従事。
現在被告は三十三歳となりこれは地球人の平均身体寿命八十年の半分に到達する年齢になります。
事件の説明を行う前に前提となる話が三つあります。
一つ目は原生住民の予備知識。二つ目は彼女が事件の前に婚約関係を約8年間続けた地球人男性から突然の婚約破棄をされているということ。三つ目は地球の呪術文化「丑の刻参り」についてです。
まず、今回の被害者にもあたる原生住民はフキオンと呼称されており、同一遺伝子の複製分裂による繁殖を行う知性生命体になります。地球人の半分ほどのからだの大きさをしており、寿命は30年ほど。約200年前に調査隊によって発見され、カテゴリⅢー2型惑星として宇宙連盟に保護が行われ始めました。
その後、該当星の「コケ」……一部植物にて医療に有効な微生物が繁殖していることが判明したため、宇宙連盟は調査活動を行う代わりに危険な原生生物から原生住民の一部居住地区を保護する武力提供を行っていました。
被告は宇宙連盟職員としてこの武力提供業務のため三年前に該当星に派遣されました。
次に、被告が婚約相手からの婚約破棄を受けた件についてです。地球人は一般的に雌雄一対での繁殖関係を基本としており、結婚は相手がその繁殖関係であることを民事契約することにあたります。婚約は結婚の約束をする契約前段階で、実際に被告の繁殖関係は該当地球人男性しか確認されていません。
二人は宇宙連盟の業務支援で保証された繁殖プログラムで出会い、約3年間同棲。その後地球人男性は10光年離れた惑星で約5年間の開拓業務に従事することになり別居。このとき、開拓業務の契約終了時に正式に結婚することを口約束で交わしていたようです。しかし、この婚約関係について本事件発生の40日前に一方的な婚約破棄が行われました。
被告はこのことに強い失望と不満を覚えました。これは取り調べ中の被告人の発言です。
(検事は音声データの再生を行った。)
「最初は彼を問い詰めたかった。通信で彼と会話して、ちゃんと理由を聞きたかった。あまりにも突然だったから。でも彼は私からの通信を拒否していて………それで思い出したのが『丑の刻参り』だったの。彼は開拓業務で離れたところにいて会いに行くことは難しかったし、私も仕事があったから移動できなかった……。だから呪術ならもしかして遠く離れた彼にも影響を及ぼせるかもしれないと思って」
最後に地球の呪術文化……地球の一部で用いられていた宗教的儀式についての説明をさせていただきます。
今回の事件で用いられた「丑の刻参り」とは丑三つ時、地球標準時+9.0で2時~3時を指す古い名称です。その時刻に、頭に燃やしたろうそくを三本刺してある五徳(足が三本の鉄製の用具が写された画像データが表示される)を載せ、地球の標準宗教施設の一つである「神社」の宗教的観念が宿る樹木に藁人形(細い茎の植物で編み込まれた地球人類の形に似せたものの写真が表示される。)を五寸(約0.15メートル)釘で打ち付けるという行為を、七日の間誰にも見られずに遂行すれば、実行者が恨みを持っている対象に危害が起きるという呪術になります。
当然ですがこれは科学的に証明された方法では無く、後述しますが地球で過去に実行されて実際に人に危害があったと明瞭に確認できる資料はありませんでした。
この呪術の条件を満たす行為を地球以外で行うにあたり定義の確認のため被告の行動を説明させていただきます。
4-67星は地球時間で言うところの十二時間ほどで自転する星であり、自軸の傾きの関係で恒星に照らされる……いわゆる昼の時間が8時間、夜の時間が4時間という惑星です。
被告は「丑の刻参り」の実行内容を4-67星で再現するために4-67星での2日ごとの夜2時。地球時間での1日ごとに「丑の刻参り」を行うことを決定しました。
行った時間は地球標準時+9.0での丑三つ時との一致はしていませんが、これについては呪術行為の重要要素として夜であることと地球時間での七日を重視したためになります。
そのほか、神社でのご神木に藁人形を打ち付ける必要があるため、該当星の宗教施設の私的利用申請を行っています。
この場合神社を当該星の宗教施設にて代用した形になります。
このときの利用申請内容を要約すると、4-67星の基準で二日に一回、宗教施設内の樹木への障害行為……樹木に一時的に鋭利な金属を打ち込むという利用内容を行う旨の記載があります。利用目的としては地球での文化的精神負担解消行為を目的……要するにストレス解消のため。この私的利用申請については上司と原生生物の担当部署からの承認を得ており、承認前には原生生物から被告への聞き取り調査がされ、その記録も確認されています。
ほか、「丑の刻参り」行為を構成する要件として服装規定があります。燃えているろうそくと五徳を頭に乗せているという姿……これらを着用すると添付した画像データのような姿になります。これについて、ろうそくは4-67星では動物性油脂を原料とした光源としての利用があり被疑者は原生住民から購入を行っています。五徳は服をかけるための金属製のハンガーを分解し針金細工のように組み立てを行いました。
ほか、藁人形については4-67星の惑星で藁に似た性質を持つ植物から自作を行っており、釘と釘を打つためのハンマーも原生住民からの購入を行っています。また、これらを用いて彼女が実際に現地の樹木に呪詛行為を行った時の釘跡も確認されています。
(検察官が指示を行うと実際の証拠物品が法廷の真ん中に展示された。地球でも見かけることがありそうな黄白色のろうそく、針金で作られた偽物の王冠のような五徳、人間で言うところの顔面に釘を打ち込まれた複数の藁人形……事前に渡されている証拠リストには画像データで掲載されていた証拠の実物が目の前に並べられる)
特筆するべき点として藁人形の中から被告の元婚約相手の男性の精液が検出されています。これは「丑の刻参り」の呪術行為の発展系として藁人形の中に呪詛を行いたい相手に関連したもの……写真などを入れるというものがあり、このために行った動作だと考えられています。
以上、呪術に必要な物品、場所の準備を完了した彼女は実際の呪術行為を開始しました。
改めての説明になりますが、「頭に五徳と燃えているろうそくを被った状態で、藁人形を神社のご神木に釘で打ち付ける。これを誰にも見られずに七日間行う。」
これが「丑の刻参り」の呪術行為を構成する要件になります。
少し長くなりましたが、ここまでが事件の前段の説明になります。
実際に被告が「丑の刻参り」を開始した日、現地住民の担当課職員による被告の私的利用行為の実行について確認を行いました。
被告の証言他現況証拠により、この担当課職員は本事件における現地住民の呪術行為の行為者……つまり事件の実際的な殺人実行者にあたります。識別のため該当原生住民については現地の発音よりキロンと呼称します。
キロンは現地住民側の宇宙連盟への対応を行う外交員として務めており、かなり友好的な原生住民と認識されていました。職務の一環として被告の呪術行為の確認を行うために訪れ、それだけでなく個体として「丑の刻参り」という地球の呪術文化に興味を持ち被告と会話をおこないました。
被告の証言内容より二人の会話を要約しますと以下のようになります。
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キロン「地球の文化的ストレス解消行為だと伺っていたが、ろうそくを頭につけたりして珍妙な格好をしている。そのろうそくを頭に着用する行為には何か意味があるのか?」
被告「これは地球の宗教的行為のようなもので、この格好であることに意味がある。」
キロン「へえ、つまりスェーヅ(現地の宗教を取り仕切る職種名)が変な格好をしているようなものなのか?」
被告「そうです。」
キロン「この行為を行うことでストレス解消になると書いてあったが、具体的にどのようにストレスが解消されるのか?」
被告「この格好で木にこの人形を釘で打ち付けると願いが叶うと言われている。そのためストレスが解消される。」
キロン「なるほど。良ければ行為方法を聞きたい。他の星の文化を知りたい。」
被告「規定上、他惑星文明の文化の伝達は最小限に留める必要がありますので……」
キロン「これぐらい問題無いはずだ。知って問題があるような文化には思えない。」
被告「……そうかも知れませんが。」
キロン「わかっている。詳細について他のフキオンには言わない。むしろ、施設利用について協力を約束しよう。」
被告「わかりました……」
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被告の証言のうち、キロンが事件発生の十六日前、現地時間で三十二日前に被告の呪術行為の確認を行ったことは業務の報告書にて確認されています。
(フキオンの文字の刻まれた木片の写真が置かれている。まだ種族として発展途上だっただろう文字は既に母語話者を全てこの事件で失い、いくつかの翻訳できない言葉を飛ばしながら標準語に置き換えられていた。)
報告書内容は申請内容通りの行為であることと、原生住民への危害にはなり得ない旨を確認したという内容です。
詳細な二人の会話内容は被告の供述のみにはなりますが、キロンが外星文化に興味を持ち、被告はこの会話における「協力」という言葉に惹かれて呪術行為の説明を行ったようです。この呪術行為は「七日間の行為中、他者から見られると達成しない」という要件があります。一日目からキロンが現れたことで呪術中の監視を恐れた被告は、詳細な説明を行えば現地住民からの監視をやめてもらえるかもしれないと考えたとの供述もあります。
ほか、キロンの家からはキロンが作ったものである藁人形が数体発見されており、材料購入履歴などから被告がこの日に呪術の詳細を説明し、キロンが藁人形等を自作できるだけの教育を行ったことは事実である可能性が高いと言えるでしょう。
そして、被告はその後目撃されること……少なくとも被告が目撃されたと認識すること無く呪術行為を七日間分行い、事件発生八日前現地時間十六日前時点で彼女の呪術行為は完了しました。
呪術行為が完了した現地時間一日後、事件発生十五日前に被告の元にキロンが訪れ呪術行為の成果を尋ねたと供述があります。被告は願いが叶ったかはまだわからないと回答し、その中でキロンは被告に「五徳」を貸して欲しいと要請しました。
被告はこの要請を受け入れ、被告の作成した五徳をキロンに渡しました。
その後、キロンは実際に呪術行為を行ったようです。これについては、現地宗教施設にて原生住民の体高に合った位置に残された釘穴を確認したことや頭部の潰れた藁人形を確認したこと。その藁人形からキロンの生体痕跡を確認できたことからほぼ間違い無いと判断されます。
そして事件発生当日……キロンによる呪術行為が七回目を迎えた現地時間の夜。
原生住民約二億……その全てが原因不明の積極的細胞壊死による死を迎えました。
実際の死亡推定時刻については二百体ほど検死し現地時間で約1時間の幅があることを確認しましたが、ほとんどが原生住民の体格による差と推定されるものばかりで積極的細胞壊死の開始時間自体はほぼ同一であったと推定されます。
事件発生当時、呪術行為があったという話は知られておらず、原因究明のために当時該当星にいた宇宙連盟の調査が行われた中でこれらの経緯が明らかになりました。
被告は事件発生二十六日後、危険な外星文化の伝達を行い現地の住民に実践させた教唆の疑いで宇宙連盟職員に拘束されました。本来なら該当星の法律によって取り調べと裁きを受けるべきですが、該当星の司法権限を持つ住民は全ていなくなってしまったために、宇宙連盟による代理逮捕と取り調べを行いました。
以上の経緯より被告の原生住民にその危険性を知らせずに呪術行為を伝達し実行させた教唆的行動、呪術行為の実行を容易にするために呪術に必要な道具を貸与する幇助的行動を行っております。
被告への情状として地球文化では呪術行為は実際の危害があると一般的に認識されていなかったこと。捜査取り調べでは協力的だったこと。その他情状。
しかし、被告は宇宙連盟の職員として外星文化の伝達は控えるべき行為と知っていたにも関わらず文化の伝達を自らの呪術行為の達成という私利私欲のために伝達し、その結果原生住民2億の死という甚大な被害がありました。
以上の内容により被告を業務上過失致死罪として告訴します。
冒頭陳述を終わります。
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