第3話 万能士、剣士ネーミアと出会う


              *



「いらっしゃい! カウンターなら開いてるぜっ」


 食事処兼酒場の扉を開けると、威勢の良い店主の声が出迎えた。

 念のため店内を見回して会いたくない奴がいないかを確認した後、僕はひとつだけ開いていたカウンター席に向かっていった。


 ――あれは……。


 開いてるのは一番隅からひとつ隣の席。

 隅の席に座っているのは、動きやすそうな薄手の革鎧を着て、肩越しくらいの黒い髪を乱しながらカウンターに突っ伏している女性。


 小柄だけどこんな時間に酒が飲める場所に来るのだから、子供というわけじゃないだろう。

 突っ伏したまま「なんでこんなことに……」とか「くそぉ」とか少々口汚い声が聞こえてきたけど、それよりも気になるのは彼女の腰。

 充分に細い腰と、ショートパンツ越しでもわかる引き締まったお尻よりも目立つのは、彼女が腰に提げている剣だった。


 左右に長剣と短剣を一本ずつ。


 格好と装備からして冒険者で、おそらく職能は剣士だろうと予測はついたが、剣を四本も提げているのは普通ではない。


「隣、邪魔するよ」

「えぇ、いいよ。マスター、おかわり!」


 背負い箱を下ろして隣に座った僕にチラリと視線を走らせた彼女は、あまり気にせず手にしたジョッキを店主に向けて掲げた。


 あどけなさがやっと抜けたくらいの整った顔立ちと、黒髪に青みがかった瞳の彼女。

 もし髪が短かったら少年と間違えそうな彼女だったけど、迫力のある美女であるラティナさんとは違い、引きつけられるような可愛らしさが横顔からでも見て取れた。


「僕も彼女と同じものを、ジョッキで。それと食事になるものをいくつか頼む」

「おう、ちょっと待ってろ」


 できた料理を運んだり、皿を下げたりと忙しく立振舞っている店主は、奥の厨房で奥さんが入れてくれたジョッキを両手に持ち、早速飲み物を持ってきてくれた。


「誰なのぉ? あんたはぁ」


 もうすっかりできあがってるらしい彼女は、同時にジョッキをつかんだ僕をトロンとした目で見つめてくる。


「僕はルディアス。万能士です」

「へぇ。冒険者なのね」


 言いながら女性は、金属で補強した軽装鎧を着、女性ほどには気を遣ってない薄茶色の髪と愛想笑いを浮かべている僕をじろじろと見る。


「その箱は?」


 言って彼女は僕が足許に置いた箱を指さす。

 僕の背中が隠れるほどの大きさがある背負い箱は、大切な相棒であり、僕を万能士たらしめている重要な道具でもある。


「僕の仕事道具でね。冒険者としては荷物持ちをしてることも多いから、これが必要なんだ」

「アイテムボックスの魔術でもかけてあるの? まぁいいや」


 興味を失ったようにカウンターに向き直った彼女は、ジョッキを大きく呷る。釣られて僕も自分の飲み物を呷った。


「それでアタシはネーミア。剣士よ」


 ジョッキを持ってない右手で腰の剣をポンポンと叩いた女性、ネーミア。


 ――やっぱりか。


 機会がなくて自己紹介をしたことはなかったが、彼女のことは冒険者ギルドやその周辺で見かけたことがあった。

 それよりも知っていたのは、彼女の噂と功績。


 僕がこの町に来る少し前の一年前、モンスターがダンジョンから溢れて人里を襲う『大怪嘯』が発生した際、対応に投入された兵士や冒険者がどんどん怪我や疲労で倒れていく中で、彼女だけが昼から翌朝まで戦い続けたという。

 一日近く戦い続けられる体力も凄いけど、当時はまだ十七歳だった彼女の強さは凄まじく、朝日とともに訪れた最後のモンスターの群れのほとんどはたったひとりで倒しきったのだという。


 その若さで金等級昇格に驚かれていた彼女は、大怪嘯での功績を讃えられ、近隣冒険者ギルドでも最年少記録で魔鉄等級となった。


 ――確か女の子ばかりでパーティを組んで活躍してたはずだけど、どうしたんだろ。


 辺りには彼女のパーティメンバーらしき人はいない。

 運ばれてきたソーセージの盛り合わせや煮込み料理をふたりの間に置きながら、僕はネーミアの方を見た。


「今日は何か、お祝い事?」


 誰と話してるわけでもなく、ジョッキを傾けては声を立てて笑っていた彼女は、僕の声にピタリと動かなくなる。


「飲んでばかりじゃあれだから、料理もどうぞ」

「あ、ありがと」


 店主が気を利かせて添えてくれたふたり分のフォークとスプーンの片方を手渡すと、ネーミアは早速ソーセージに手を伸ばしていた。


「そうね……。そうかも知れないわね」


 ソーセージを一本食べ終えたネーミアは、深くうつむいて呟く。

 それから顔を上げた彼女は、無理矢理浮かべた笑みを僕に向けてきた。


「今日はパーティ解散記念よ! もっと飲むよぉ!!」


 大声を上げた彼女は、まだ半分くらい残っていたはずのジョッキを一気に飲み干した。


「おかわり! それで、ルディアスだっけ? あんたの方はどうなのよ!」


 ジョッキをちびりと傾けていた僕に、おかわりのついでとばかりに聞いてくる。

 可愛らしい顔になんとも言えない表情を浮かべてるネーミアを見て、僕もまたジョッキの中身を飲み干した。


「僕もおかわり! そうだな。こっちも祝いかな? パーティ解雇の祝いだ!」

「そうなんだ! 似たようなものだねっ。それじゃあ今日はふたりで飲み明かしましょう!」

「あぁ、望むところだっ。乾杯!」

「乾杯!」


 ちょうど運ばれてきたジョッキを持ち、ネーミアのジョッキとぶつけ合う。


「ほどほどにしてくれよ……」


 グチをこぼす店主の声を聞き流しながら、僕はネーミアと共に笑顔でジョッキを大きく傾けた。

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