第2話 万能士、ギルド職員に勧誘される


            * 2 *



「あら、ルディアス君。こんにちは」


 受付カウンターの向こうから朗らかな笑みとともに僕に挨拶をくれたのは、冒険者ギルドで受付をしているラティナさん。


 クセの強い明るい色の髪をし、魅惑的な肉付きの身体にエプロンドレスを着ている彼女は、人間じゃない。

 僕とほとんど変わらない背丈の彼女の頭には、羊のような太くて丸まった角が左右に一本ずつ伸びていて、笑みの形に少し開いた口からは獣のような牙が覗いている。


 ラティナさんは魔族。


 いまでこそ彼女のように街に馴染んで生きている者もいるが、つい二十年ほど前には人間族と滅亡を賭けた『人魔戦争』を戦い抜いた魔族のひとりだ。


「ついさっき、依頼完了の報告に来ていなかった? それなのにまたどうしたの?」

「……だいたい察してるんでしょ」


 人間のように子供を産んで増えるわけじゃない魔族は、無機物的な者から生物的な者まで様々にいる。

 角を除けば非常に魅力的な女性の姿をしているラティナさんは、僕に含みのある笑みを向けてきていた。


「半年くらいだったかしら? 今回は持った方だったけれど、まぁ最近はギスギスしていたみたいね。今回はなんと言われたの?」

「万能士は役立たずだと言われました」

「ふふっ」


 さも楽しそうに声を漏らすラティナさんは、背を向けて後ろの棚のファイルに手を伸ばしている。


 中規模程度の街であるここセルグスの冒険者ギルドは、街の規模に対してそこそこに大きい。

 待合所を兼ねた受付前の広間には、軽食が摂れる喫茶店が併設されていて、医務室や勉強が行える講義室があったり、裏にはしっかりした訓練場まである。

 当然このギルドを拠点に活動している冒険者も多いわけだけど、すっかり日が沈んだこの時間には、冒険帰りで休んでいるらしいパーティがふた組ほど、休憩場所のソファで休んでる人がいる程度だ。


「まぁ、前と変わらないわね。初心者パーティは同じ等級辺りで専門職能の人を探してるし、銀等級以上になると荷物持ちや一時的に探索家を雇いたいってところくらいね」

「まぁ、そうだろうねぇ」

「万能士を求めてる奇特なパーティはないわね。万能士が不遇であることには変わりはないわ」

「うぐっ」


 受付台に置いたファイルをめくっていたラティナさんは、顔を上げてにっこりと笑んだ。


 彼女には僕がセルグスに来た一年前から世話になってる。

 出会いはそれこそ僕が子供の頃で、いろいろあっていまではこうして気安く話せる関係になっていた。


「どうする? パーティ募集の掲示出しておく?」

「お願いします」

「まぁ、万能士では臨時雇いか荷物持ち辺りしか声はかからないと思うけど」

「うぅ」


 残酷な現実をにこやかに吐き出すラティナさんに、涙が出そうになる。

 グレックにも言われたことだが、万能士の印象は良くない。

 いろいろできるが、一番得意なことがない、というのが一般的な評価。

 実際僕も、一番何が得意かと問われると、考え込んでしまう。


 それに一番の得意分野がないと言うことは、すべてが中途半端になりがちなのも確かだ。

 パーティの中で活躍の形がつくれたら話は別だが、まずパーティに正式加入するのが高い障壁になってしまっているのが万能士という職能だった。


「ルディアス君は、人を助けるために冒険者をやってるのよね?」

「そうですね」

「だったら、いまこそギルド職員になるというのはどうかしら?」


 小首をわずかに傾げながら僕の瞳を見つめてくる。

 その口には小さく笑みを浮かべているけど、彼女の瞳に浮かんでいるのは本気の色だった。


「えっと、それは……」

「ギルド職員は活躍している冒険者に比べれば収入は減るでしょうけれど、安定してるわ。冒険者の人たちを危険に送り出す仕事だから気苦労もあるけれど、その立場だからこそ適した依頼や達成困難な依頼のアドバイスもしてあげられる」


 目を細め、ラティナさんは優しげな色を浮かべた瞳を向けてくる。


「冒険者とは違うけれど、ギルド職員も人を助ける仕事だと思うのよ」

「そうですね」


 その提案は、この街に来てラティナさんと再会し、冒険者登録のための職能試験後にも言われた提案だった。

 ラティナさんは人魔戦争後、魔王の収める土地には戻らず、平和条約締結後の魔族にとって不安定な情勢な中で冒険者となった人。

 いまでこそ一線から退いているが、最終等級は魔銀という猛者。


 彼女の口から語られるアドバイスは、多くの冒険者を助けてきたことだろう。


 ――でも、僕は……。


 いつのまにかうつむいていた僕は、ラティナさんの目を真っ直ぐに見つめて返事をする。


「その提案は、お受けできません」

「やっぱり自分の手で人を助けたい?」

「はい。僕は自分の手足を使って人を助けて、自分の目で助けた人を見たいんです。そのためには、ギルド職員にはなれません」


 きっぱりとした僕の答えに、小さくため息を漏らしたラティナさんは、それでも微笑みを向けてきてくれる。


「残念。仕方ないですね。あなたなら新人にいろんなことを教えたり、私以上に適切なアドバイスができると思ったのだけれどね」

「済みません」

「いいわ。でも、食事代もないくらい困窮したときは、臨時職員として雇ってあげるから気軽に声をかけてね」

「……ありがとうございます」


 八重歯が覗くいたずらな笑みのラティナさんから、僕は思わず目を逸らしていた。


 ――敵わないな。


 グレックのところで報酬分配の少ない荷物持ちしかやっていなくて、ポーションの材料費ももらえていなかった僕の懐事情は逼迫している。

 そんな事情も見透かしてるだろうラティナさんには永久に敵いそうになかった。


「それといつもの貴方特性のポーション、手が空いたらまたお願いするわ」

「先週納品したばかりですよね?」

「えぇ、そうなのだけど、もうほとんど残ってないの。魔力回復ポーションなんて一瞬で売り切れたわ」


 そろそろ食事処に行くために受付を離れようとした僕に、ラティナさんがそう声をかけてきた。


「わかりました。しばらくは時間あると思うので、依頼書つくっておいてください」

「えぇ、準備しておくわね。この後はどうするの?」

「酒でも飲みに行きます。そんな気分なので」

「そう。今度私とも飲みましょうね?」

「……そのうちに」


 楽しそうにしているラティナさんに片手をあげて挨拶し、僕は冒険者ギルドの出口へと向かって行く。


 ――絶対酔い潰れないのに、酒癖が凄まじく悪いあの人と一緒に酒なんてのめるか!


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