ありふれ万能士(ディバイナー) 役立たずとパーティを追い出された俺は、勇者の家政夫を始めました

小峰史乃

第一章 万能士、解雇される

第1話 万能士、解雇される


            * 1 *



「てめぇは解雇だ、万能士(ディバイナー)」


 怒気を含んだ声とともに僕に投げかけられたのは、蔑みを浮かべた表情。


「グレック。僕の名前はルディアスだ。覚えてないわけじゃないだろう?」

「てめぇみてぇなありふれた万能士、名前を覚える価値もねぇんだよ」


 机の上で組んだ足越しに睨みつけてくる二十歳くらいの男、グレックの言葉に、僕は小さくため息を漏らした。


 魔剣士のグレックをリーダーとする冒険者パーティ「精霊の刃」。

 パーティで借りている家の応接室としている部屋には、グレックが足を組んでる木製の机の他には、僕の後ろに長椅子がふたつ置いてある程度で、掃除は行き届きこざっぱりとしている。


 僕とグレックの他には、確か僕と同じ二十歳そこそこで重厚な鎧を身に纏い大きな盾を背負った防御戦士の男ガイアーと、軽装な革鎧と短剣を佩き弓を背中に吊るしたまだ少女らしさを残した弓士兼探索家のキャリー、それからゆったりとしたワンピースなのに隠しきれていないプロポーションをした攻撃と補助の両魔術が使える美女シュトリーアが、それぞれに険しい表情で立っていた。


 依頼を終えたばかりで早く休みたいのに、こうして一対四の構図で向き合っているのは、パーティに参加してからの半年で積もり積もった問題を解決するために、グレックに話をしたからだった。


「僕はただ、提供したポーションの分を経費として、分配に加えてほしいと言っただけだろう」

「てめぇの仕事は荷物持ち(アイテムキャリアー)じゃねぇか。俺たちの分のポーションを持つのは仕事だろ?」

「確かに僕は荷物持ちと雇われてるが、あのポーションは僕がストックしてたものだ。グレックたちのを預かってたわけじゃない」


 足を机から下ろして、グレックは片眉をつり上げながら不快感をあらわにする。


「あれはてめぇが研究と実験のためにつくってた、って話してたじゃねぇか」

「それもそうだが、さすがに今回の依頼だけでも初級ポーション五本、中級ポーション三本も使われちゃ、荷物持ちの少ない報酬じゃ材料費だけで赤字ギリギリだ。せめて材料費だけでも分配してくれって言ってるんだ」

「うっせぇよ!」


 大声とともに机を強くドンッと叩くグレック。

 他の三人は、僕になのか、それともグレックに対してなのか、眉を顰めているだけで何も言ってはくれない。


「俺はなぁ、金等級冒険者なんだよ。一流の魔剣士なんだよ!」


 言いながらグレックは、首に提げていた金色に輝く冒険者タグを取り出し、見せつけてくる。

 冒険者ギルドに所属する冒険者は、強さや経験によって等級が分けられている。最初は銅に始まり、鉄、銀と上がっていき、通常では金等級が最高となってる。

 金等級はグレックの言ったとおり、一流の冒険者であることの証だ。


「鉄等級のてめぇごときが、金等級の俺に文句つけてんじゃねぇよ」


 グレックの鋭い目を見つめ返し、出そうになったため息をどうにか飲み下す。


 グレックは金等級で、僕は確かに鉄等級だ。

 パーティに加入する以前のことはグレックも知らないらしいが、魔術士として経験豊富な様子のシュトリーアは金等級、防御戦士のガイアーと弓士のキャリーは銀等級。

 荷物持ちとして雇われた僕は、パーティの中で一番等級が低かった。


「それにな、冒険者ってのは一流を、できれば超一流を目指すものだろうがよ」


 言いながらグレックは、机に立てかけてあった愛用の剣、装飾が施された鞘に収まっている、魔導回路を組み込まれた魔剣を眼前に突きつけてくる。


「金等級の俺は一流の魔剣士だ。だがてめぇはなにが得意だってんだ? 万能士!」

「僕は――」


 万能士(ディバイナー)。


 それは魔剣士や防御戦士、攻撃魔術士や補助魔術士と言った、冒険者登録をする際に申告する職能(ジョブ)のひとつだ。


 冒険者になるためには、冒険に使える職能を最低でひとつは持っていないと登録ができない。

 命の危険を伴うことも少なくない依頼やダンジョン探索を行う冒険者は、仲間を集めてパーティを組むとしても、最低ひとつは冒険に役に立つ職能を持っていないと、生き残ることさえ厳しい。

 多くの冒険者はひとつ、ないしふたつ、まれに三つの職能を持ち、ギルドに登録している。


 さらにごくごくまれに四つ以上の職能を持つ者がいる。

 それが万能士。


 僕は、万能士として冒険者ギルドに登録していた。


「冒険者ってなぁ自分の職能を磨き上げて、足りない部分を仲間と補い合って冒険するものだ」

「それはもちろん、わかってるが」

「だからな、自分の分担である職能は、自分自身にとっても、仲間にとっても信頼を置けるくらい高くないといけねぇ」

「異論はないな」

「だが万能士。てめぇはなんだ? 他の奴の職能も兼任できるって? どの職能も中途半端で二流以下。それが万能士だ。違うか?」

「いや、それは――」


 ドンッ、と再び机を叩き、グレックは僕の言葉を遮る。


「最初の万能士、イルダーナみてぇに全部が超一流ってんなら話が変わるがよ。てめぇはイルダーナじゃねぇ。それも鉄等級に過ぎねぇ。そんなてめぇに荷物持ち以外の仕事を任せられると思うのか?」

「……」


 グレックの言葉に、僕は反論できなくなっていた。


 最初の万能士、イルダーナ。

 何においても超一流だった彼女は、冒険者登録をする際に職能を書く欄が三つしかないことに迷ったと言われている。

 一説には七つとも、九つとも伝えられているそれぞれ超一流の職能を持った彼女は、考えた末に「万能士」という職能で冒険者になった。


 困難な冒険の数々を成功させ、破滅的な争いとなった人間族と魔族の戦争、人魔戦争において先頭に立ち人々を率いて戦った最初の万能士は英雄となり、いまでは大賢人の称号でも呼ばれていた。

 そんな女性の登場以来、四つ以上の職能を持った者は、その職能の内容や数に関わらず、万能士と書くのが通例となった。


 英雄に憧れて万能士になる人がいる一方で、四つもある職能をひとつでも一流にするのは簡単じゃない。

 万能士と言えば、器用貧乏で中途半端、任せられる役割に悩む冒険者と見られるのが普通だった。


「俺はな、そう遠くないうちに魔鉄(ミスラル鉄)等級に上がる」


 顎を逸らして僕を見下ろすようにし、グレックは語る。


 魔導鉱石ミスラルの合金である、ミスラル鉄を冠した等級。

 金等級のさらに上には、魔鉄(ミスラル鉄)、魔銀(ミスラル銀)、魔金(ミスラル金)という等級が存在している。


 冒険者としていくら実績を積んでも、通常は金等級止り。

 英雄と呼ばれるような、誰が聞いても賞賛されるような功績を残した者だけが、金等級以上になることができる。

 だから魔銀以上の等級のことは、名誉等級と呼ばれていた。


 つまりグレックは、ただの冒険者ではなく、英雄になりたいんだ。


「鉄等級の上、荷物持ちくらいしか役に立たねぇくせに、文句を言うてめぇは魔鉄等級になる俺にとってはただの足手まといだ!」


 僕のことを鋭く睨みつけ、グレックは言う。


「だからてめぇは解雇だ、万能士」


 言って彼は、机の上に小さな布袋を放り出す。


「てめぇの取り分だ。それ持ってさっさと出て行け」

「グレック」


 腕を組んでそっぽを向いたグレックに声をかけたのは、シュトリーア。

 彼女もまた不快そうに目を細めていたけど、その視線は僕ではなくグレックに向けられていた。


「本当にいいの? 解雇して」

「当たり前だろ! こいつが荷物持ち以外で役に立ったことあったか?」

「それはグレックが僕に他のことを――」

「あ? まだ言うか?」


 さも不快そうに大口を上げて言うグレックに、僕は大きくため息を浮いた。

 どこか心配してるようにも見えるシュトリーアの視線と、蔑みを含んだガイアーやキャリーの視線を受けつつ、小さな報酬袋をひっ掴んだ僕はグレックに背を向けた。

 足許に置いてあった背負い箱を片方の肩にかけ、扉に向かう。


「半年だけだったけど、世話になった」

「うるせぇ、足手まといの万能士!」


 そんな罵倒の言葉を背中で受けながら、僕はその場を去った。



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