第9話 毎回が初めまして
佐々木さんの訪問は、週に二回。
私は、中村さんと一緒に訪問を続けた。
でも、毎回、同じことが繰り返された。
「初めまして」
和子さんは、毎回、私を初対面の人として迎える。
前回のことも、前々回のことも、覚えていない。
「今日は何をするの?」
「リハビリです。一緒に体を動かしましょう」
「リハビリ? 私、そんなことしてたの?」
毎回、同じ説明をする。
毎回、同じ運動をする。
毎回、同じ会話をする。
三週間ほど経った頃、私は中村さんに相談した。
「中村さん、佐々木さん、毎回私のこと忘れてますよね」
「そうね」
「リハビリの内容も覚えてない。これって、意味あるんでしょうか」
中村さんは、少し考えて言った。
「意味、ね」
「だって、何も覚えてないんですよ。私が誰かも、何をしたかも」
「うん」
「それなのに、毎回同じことを繰り返して。本当に意味があるのかなって」
中村さんは、私の目を見た。
「あかりちゃん、認知症の人は、記憶はなくなっても、感情は残るのよ」
「感情?」
「そう。誰かはわからなくても、嬉しかったとか、楽しかったとか、そういう気持ちは残る」
私は、少し考えた。
確かに、和子さんは毎回、私が来ると笑顔で迎えてくれる。
私のことは覚えていないけれど、警戒したり、拒否したりはしない。
「だから、無駄じゃないのよ。記憶には残らなくても、心には残ってる」
「心に」
「ええ。和子さん、あかりちゃんが来ると嬉しそうでしょう?」
「...はい」
「それが答えよ」
中村さんは、優しく笑った。
「認知症の人と接するのは、難しいわ。でもね、私たちにできることはある」
「何ですか」
「その人が、今、この瞬間、幸せを感じられるようにすること」
私は、その言葉を噛み締めた。
今、この瞬間。
過去でも未来でもなく、今。
「あかりちゃん、次の訪問、一人で行ってみる?」
「え、一人でですか」
「ええ。そろそろ大丈夫だと思うわ」
私は、少し不安だったけれど、頷いた。
「やってみます」
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