第7話 三ヶ月後
田中さんの訪問を始めて、三ヶ月が経った。
田中さんは、今では週に三回、木工に取り組んでいる。
箸置きだけじゃなく、コースターや、簡単なペン立ても作れるようになった。
そして、今日。
特別な日だ。
「田中さん、準備いいですか」
「...ああ」
田中さんは、少し緊張している。
今日は、息子さん家族が来る日だ。
三ヶ月ぶりに、孫と会う日。
玄関のチャイムが鳴った。
「来たわ」
奥さんが嬉しそうに玄関に向かう。
「おじいちゃん、ただいま」
元気な声が聞こえる。
小学生の男の子が二人、居間に飛び込んできた。
「おじいちゃん」
「...おう」
田中さんは、孫たちを見て、目を細めた。
「おじいちゃん、大きくなったでしょ」
「...ああ、大きくなったな」
私は、少し離れたところで見守っている。
「あのね、おじいちゃん」
田中さんは、作った箸置きとコースターを、孫たちに渡した。
「これ、お前たちに」
「わあ、何これ」
「おじいちゃんが作った」
「すごい」
孫たちは、嬉しそうに箸置きを手に取った。
「ありがとう、おじいちゃん」
「...ああ」
田中さんの目から、涙がこぼれた。
でも、笑っていた。
息子さんが、私に頭を下げた。
「ありがとうございます。父が、こんなに元気になるなんて」
「いえ、田中さんが頑張ったんです」
「先生のおかげです」
私は、首を横に振った。
「私は、ほんの少し手伝っただけです」
田中さんと孫たちが、楽しそうに話している。
野球の話。学校の話。
田中さんの顔は、三ヶ月前とは全然違う。
生き生きとしている。
私は、静かに部屋を出た。
今日は、家族の時間だ。
帰り道、私は自転車を漕ぎながら考えた。
リハビリって、何だろう。
機能を回復させること。
それも大事。
でも、それだけじゃない。
その人らしい人生を、もう一度取り戻すこと。
その人が大切にしているものを、守ること。
田中さんにとって、それは孫との繋がりだった。
だから、木工ができるようになることが、リハビリだった。
私は、まだまだ未熟だ。
でも、一つ一つ、学んでいる。
患者さんから。先輩から。
ステーションに戻ると、桐島さんがいた。
「田中さん、どうだった」
「孫さんたち、来ました。すごく喜んでました」
「そうか」
桐島さんは、満足そうに頷いた。
「お前、いい療法士になるよ」
「...ありがとうございます」
私は、嬉しかった。
でも、まだまだこれからだ。
訪問リハビリの世界は、奥が深い。
一人一人、違う人生がある。
一人一人、違う目標がある。
私は、その一人一人に寄り添って、一緒に歩いていきたい。
自転車を漕ぐように、一歩ずつ。
これが、私の仕事。
私の、理学療法士としての道。
まだ始まったばかりだけど、私はこの道を選んでよかったと思う。
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