第5話 桐島先輩への報告
ステーションに戻ると、桐島さんが待っていた。
「どうだった」
「話、聞けました」
「そうか」
私は、今日のことを報告した。
野球の話。孫の話。田中さんの気持ち。
桐島さんは黙って聞いていた。
「で、どう思った」
「田中さん、お孫さんに会いたいんだと思います。でも、今の自分を見せたくないって」
「ああ」
「だから、リハビリもやる気が出ないんじゃないかって」
桐島さんは頷いた。
「それでいい。それがわかっただけで、大きな進歩だ」
「でも、どうしたらいいんでしょう」
「どうしたいと思う」
「え」
「お前が、どうしたいと思うか聞いてる」
私は考えた。
田中さんに、孫と会ってほしい。
でも、体が動かない。
何ができる。
「...わかりません」
「じゃあ、考えろ」
桐島さんは立ち上がった。
「答えは一つじゃない。お前が考えて、田中さんと一緒に見つけるんだ」
「一緒に」
「ああ。リハビリは、療法士が一方的にやるもんじゃない。患者さんと一緒に作っていくもんだ」
桐島さんは、部屋を出て行った。
私は、記録を書きながら考えた。
田中さんができること。
孫と一緒にできること。
ふと、思いついた。
田中さんは元大工だった。
手先が器用だった。
右手は動かないけど、左手は動く。
何か、作れないだろうか。
孫へのプレゼント。
私は、次の訪問までに、少し調べてみることにした。
中村さんが声をかけてきた。
「あかりちゃん、今日はうまくいったみたいね」
「はい。少しだけ、話ができました」
「それはよかった。田中さん、実はいい人なのよ」
「そうなんですか」
「ええ。奥さんの話だと、昔は近所の人の家の修理とか、よくやってたらしいわ」
「修理」
「そう。大工だったから、木工が得意で」
やっぱり。
私の考えは、間違ってないかもしれない。
「中村さん、片手でできる木工って、ありますか」
「木工。うーん、簡単なものなら。箸置きとか、コースターとか」
「それ、リハビリになりますか」
「なるわよ。手先を使うし、集中力も必要だし。作業療法的には、すごくいいと思う」
私は、少し希望が見えた気がした。
「次の訪問で、提案してみます」
「いいわね。頑張って」
私は、その日の夜、片手でできる木工について調べた。
簡単な治具を使えば、左手だけでも作業ができる。
材料も、ホームセンターで買える。
これなら、田中さんにもできるかもしれない。
次の訪問が、楽しみになってきた。
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