第23話 舞台袖からの視線
今、私が演じるべき役は、ただの“照明監修”ではない。
表向きは、慧の紹介で入った事になってる。でもそれは彼女が以前から『過去にこの舞台を作った実績のある人材が必要』と主張していたという事。
監督の有馬は、最初は璃久の妹と知らずにただのスタッフとして接していたが(それも慧の計画)、途中でそれを知り、居心地の悪さも感じていただろうが、それ故に慧の言葉も無下にはできなかったのだろう。
彼女は“璃久の妹”という爆弾を、あえて最初は隠し、少しずつ、しかし確実に影響を与える場所に配置していった。
それもまた、復讐の布石。
だけど、本当の地雷は私。
彼女の推薦で入ったのが、まさか“藍沢千景”だとは思いもよらなかったはず。
楽屋に初めて入った時、私を見たスタッフが凍り付いたのが良く分かった。
もちろん、照明監修という立場上、派手な格好をしていったわけではない。
黒のノーカラーシャツに、ベージュの細身のパンツ。
どこにでもいそうなスタッフ然とした装い。
髪は高くまとめず、ゆるく後ろで一本に束ねているだけ。それでも、歩くたびに首筋が見え隠れするように。
顔にはほとんど化粧はしていない。
けれど、肌の透明感と輪郭の陰影が、かつてスクリーンを支配した“あの横顔”を思い起こさせるように‥‥。
全ての所作は計算済み。
私は舞台衣装を着ずに、藍沢千景という女優の雰囲気を無言で表現した。
かつての舞台の女王‥‥彼らが戸惑うのは、ただそれだけではない。
女優、七瀬璃久の自殺に、監督の有馬航生が関係していたかもしれない‥‥そんな空気。
現場に常に漂っていた所に、その事件の当事者の一人が入ってきた‥‥それは平静でいられるはずもない。
「ここの台詞はもう少し声をあげた方がいいんじゃない?」
「んー‥‥、ここは、感情を押さえてって指示があるしな‥‥」
脚本家が私の顔をチラチラと見る。
彼も有馬航生と私との間に挟まれ、相当困惑している。
気の毒だとは思うが、これもあの男への復讐の為。
「分かった、後で監督と相談してみる」
私が『この場面には違和感がある』と言えば、演出家は必ず耳を傾ける。その意見は必ず有馬に伝わる。
自分の監督する舞台に口を出してくるような奴は、首にする事は容易だが、彼はそんな事はしない‥‥それは確信を持っている。
なぜなら、彼は自分を引き立てる為には、必ず私を利用しようと考えるはずだから。
何を思って監督に復帰しようと思ったのかは分からないが、有馬はもう新進気鋭の若手の立場ではない。それでもあの男の事だから、どんな事をしても成功させようとするはず。
首にしてしまえば、かつてのスキャンダルに後ろめたい事があった事を認める事になる。それは舞台の印象的にマイナスでしかない。
逆に私を‥‥かつて同じ“月下の檻”に主演していた私を参加させたという話題性を利用しようと考えるはず。
今日、午後にその有馬がここに来る。
私を地獄に追いやったあの男が、今、どんな顔をしているか見ものだ。
「‥‥‥‥ふふ」
私を見た時のその時の表情を想像しただけで、心が震えてくる。
今は感謝したい。
再び、この世界に戻ってきてくれてありがとう‥‥と。
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