第22話 舞台裏の脚本家たち

 私、藍沢千景は、再び“舞台”という名の戦場へ戻る決意をした。

 表舞台じゃない。でも、今度こそ私は、真実を照らしてやる。

「‥‥‥‥」 

照明監修として、慧から託された台本を睨みつける。

 それは《月下の檻》の再演台本。けれど、中身はまるで違っていた。

 有馬の書いた台詞の脇には赤線が引かれ、そこには“演出メモ”のような文章がびっしりと書き込まれている。

 慧の字で。姉・璃久の痕跡を辿るかのように。

記憶と感情をなぞるように。

【この場面、照明はあの日のままに。

 この台詞、あの夜の言葉に近づけて】

「‥‥‥‥ふふ」

 読んでいる私は自然に笑いが込み上げてきた。

楽しい‥‥こんな気分は久しぶり。

 この舞台は、璃久の遺言で出来ている。そしてそれを、“劇”として仕立てて、あの男‥‥有馬航生の目の前に差し出す。

 逃げ場のない舞台に、彼を“主演”として立たせるために。

「‥‥地獄の幕が、もうすぐ上がる‥‥」

 私は独りごちて、ライトリハーサルの準備に取りかかった。



 こうして、あの日の舞台に再び関わる事になったけど、それは偶然なんかじゃない。

慧と私自身が仕掛けた罠だ。

「千景さん、照度2%落としましょうか。あの場面、もう少し“息苦しさ”が欲しいんです」

 七瀬慧。璃久の妹。

 今は演出補佐として、この舞台に潜り込んでいる。

 他人には、新人スタッフが無理して背伸びしてるようにしか見えないだろう。

 けれど私は知っている。

 この舞台の「本当の脚本」を書いているのは、彼女と私だということを。

「いいわね、その感覚。じゃあ、一筋だけ上手から影を落としましょう。空気に歪みが生まれる」

 私は照明卓に指を走らせながら、冷静に空間を演出する。

 それは、技術ではなく感情。

 怒りも後悔も、すべてを飲み込んで、あの夜の“あの場面”を再現する。

 ただ再現するだけじゃない。

 照明という名の“告発”で、有馬航生の記憶をえぐり出す。

 光の中に、私たちが葬られたあの夜を浮かび上がらせる。

「脚本家が“曖昧にぼかしてるシーン”は、少しずつ台詞の配置変えれば自然と形になります。今夜、プロット表の改稿案まとめますね」

 慧はそう言って、私にだけ聞こえる声で囁いた。

 彼女は下っぱのスタッフ。脚本に口を挟む立場にはない。

 でも、私がそれを覆す。

 それこそが、慧が私の役割として望んだ事。

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