第2話 沈黙の罪

 僅かな時間、刹那の時‥‥それが終わった時、観客は感嘆の声をあげ、立ち上がった拍手を送ってくる。

「‥‥‥‥」

 袖から舞台を睨むように見つめていた私は、終了と同時に大きく息を吸い込む。

 今、賞賛されているあの女優より、私の方が、女優としての資質は上だ。

 こうして見ていると彼女の至らなさが目について仕方がない。

 それなのに、今はこうして裏方にまわっている。

 どうしてこうなってしまったのだろう‥‥。

 何度もその問いを心の中に問いかける。

 けれど、それは疑問ではない。

 理由は分かっているから。


 有馬航生‥‥その男は、私が女優として輝きの絶頂だった時に私の前に現れた。

 映画監督。有名な二世で、若くしてカンヌやベネチアの映画に名を連ねた天才。

 けれど私にとっては、そんな肩書きなんて、どうだっていい。

 有馬航生は、かつて私を見出し、愛してくれた‥‥そう思っていた人。


 有馬のことを、私は‥‥本当に好きだった。

 初めて演技で言葉を交わした日、あの人の目は、まっすぐに私の奥を見ていた。

 演技指導なんてとっくに慣れていたのに、有馬だけは違った。

 役としてじゃない、“私自身”を見て、触れて、揺らしてきた。

 台詞を交わすだけで、心のどこかがふるえて、

 カメラの向こうで彼が頷いてくれるたび、私は舞台に“生きてる“と感じられた。

 だから‥‥。

 有馬航生を、私は信じていた。


 

 あの騒動が、すべてを壊した。

 私の名前が週刊誌の見出しに踊ったのは、あの日の翌朝だった。

 舞台での後輩で親友の七瀬璃久と、有馬航生。妻子持ちの有馬との不倫は、まるで“私の終わり”を告げる鐘の音。

 馬鹿みたいな話だ。

 会っていたのは彼らなのに、叩かれたのは私だった。

 本当に痛かったのは、“あの人が何も言わなかった”ことだ。

 ……有馬航生。

 あの人が、ただの一言も否定も弁明もせず、沈黙したことが、すべてだった。

 それだけで、私は“終わった”。

 スポンサーは降り、オファーは消え、舞台は降板。

 芸能界での私は、存在しなかったことにされた。


 それだけじゃない。彼の沈黙は、璃久を追い詰めて自死へと追い込んだ。

 有馬は私の事だけじゃなく、不倫したと報道された彼女の件にも何も語らなかった。

 ただ沈黙を続けてる有馬は、そうする事で、自分の地位を守ろうとした。

 結局、有馬自身もそんな事をしてまで守ろうとした映画監督の地位を無くしてしまったんだけど。

 そんな程度で私の溜飲は下がるはずがない。



 有馬が沈黙したその瞬間から、私の中で彼は‥‥裏切り者になった。

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