あなたの嘘、舞台で暴いて差し上げます

@chelsea-chan

第1話 照明の向こう側

 沈黙は……あなたが目論んだこと……

      あなたが、信じられなかった。あなたのせいで……




 藍沢千景‥‥それは私の名前で、かつての、舞台の女王の名前だった。

 ライトの熱気、舞台衣装の柔らかな匂い、袖から聞こえる俳優たちの台詞。すべてが、かつて自分の“居場所”だった。

 それも数年前の話。今の私は。そんな光の下から舞台袖の暗がりに変わった。

指先にかけたヘッドセットのスイッチを軽く押しながら、照明卓のパネルを睨んでいる。

「‥‥‥‥」

 ステージ衣装に身を包んでいた時とは違い、薄手の黒いパーカーにジーンズ。髪は無造作に後ろで束ねられ、化粧気もない。

 けれど、通りすがりの人が思わず振り返るのは、横顔に“忘れられない輪郭”が残っているのかもしれない。

「‥‥‥‥」

 私はタイミングを合わせて、左から一筋の青白いスポットを落とす。

 観客席から、かすかなざわめきが起きた。

 演出家が望んでいた「静謐な緊張感」。

 それを光ひとつで作り出す。

 私のやっている「照明技術者」とはそういう仕事だ。

 

 少し遅れて女優が現れた。

 奥のライトの光度を少しずつ上げていく。これで遠くから現れたという現象を表現する。

 狭い舞台ではいかに、それを感じさせず、奥行きをその何倍にも見せられるかがポイントになる。

 それはタイミング、光の強さ、時間、場所‥‥すべてが合致して初めて可能となる。

 シビアな技術が要求されるけど、私にはそれが分かっていた。

 理解‥‥というよりは、私自身が、昔はその光の下の住人だったから。

 舞台の女王と呼ばれていた私は、感じるままに光を操っているに他ならない。

 静かに音楽が流れ始める。

 同時に、二人の役者は向かいあい、決められた台詞を口に出し始めた。

 暫しの時が流れる。

 

 舞台は人生の最もドラマチックな部分を切り取っている。

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