くるみ割り人形と聖夜を

六連星碧透

第1話 くるみ割り人形と聖夜を


クリスマスイブ。

聖夜だろうとおかまいなしに仕事漬けだったミアは、疲れ切って帰路についていた。


(そういえば、今日はクリスマスイブだったわね……ケーキくらい買って帰ろうかしら)


あまり働かない頭でショートケーキを買い、家へ向かう。

その途中、ボロボロのくるみ割り人形を見付けた。外れ掛かった手足が痛々しい。

ミアはそれを見つめ、自然と拾い上げる。


「何か大きいくるみ割り人形ね」

(私ったらどうしたのかしら。いつもなら、こんなもの気にもしないのに)


不思議に思ったが、ミアはそのままくるみ割り人形を持って帰宅する。そんな彼女の後ろをついて来る何者かの気配や視線があったが、ミアは全く気付かなかった。

シャワーを浴びて着替えたミアは、くるみ割り人形の手足を直し、汚れた身体を布で拭く。


「新品まではいかないけど。意外と綺麗になったじゃない」


リビングのテーブルに何となく飾り、買って来たショートケーキを食べて、ミアはさっさと横になった。


夢の中。

ミアは駅から自宅へ向かう道中で、ネズミのような顔の男にしつこく声を掛けられていた。


「美しい」

「クリスマスになるのを待っていた」

「妃になってほしい」


男はミアに向かい、熱烈な愛の言葉をぶつける。

ミアは眉をひそめた。


(は?意味が分からないし、しつこいわね……冗談は顔だけにしなさいよ)


溜息をつくと、男がミアの手を掴む。


「ちょっと!」


ミアが男に振り向くと、彼は恐ろしいネズミの化け物になっていた。声が出ないミアへ、化け物はニチャリと笑う。


「さあ、一緒に行こう」


ミアは悲鳴を上げたが、ネズミの化け物は突然真っ二つになった。

断末魔と共に消えた化け物の向こうに、剣を構えた一人の男が立っている。

やたらと体格の良い白髪の男。

外国の王子を思わせるような美しい衣装に、凛々しい姿勢で、さらに迫力が増している。


「だ、誰……」


ようやく声が出たミアは、男に尋ねていた。

男は剣を収めると、ミアを見つめる。その目は優しく、穏やかに微笑んだ。


「貴女が直してくれたくるみ割り人形だ。怪我は無いか」

「ないです……えっ、くるみ割り人形?」


ミアはまじまじと、男――くるみ割り人形――を見る。


「確かに大きめのくるみ割り人形だったけど。思ってたのと違うわね……。剣なんて振って大丈夫なの。随分、ボロボロだったじゃない」

「貴女が直してくれたからな。大分マシになった。とんだ邪魔が入ったものだ……」


くるみ割り人形は頭を一つ振ると、ミアを見た。


「ミア、私と一緒に来てくれないか?お礼をさせてほしい」


穏やかに笑う彼から差し出された手を、ミアは自然と取っていた。

途端に、景色が一変する。

暖かな暖炉に、クリスマスツリーの飾られた部屋。暖炉の前にあるテーブルには、ホットミルクと、クッキーの載った皿。

ミアは目を丸くした。くるみ割り人形は、ミアの手を引いて、テーブルに座らせる。


「貴女の為に用意した。受け取って欲しい。直してくれて、ありがとう」


ミアはテーブルのミルクとクッキーを見て、くるみ割り人形を見上げた。


「私、そんな大層なことしてないんだけど……でも、クリスマスだものね。有り難くいただくわ」


くるみ割り人形は笑みを浮かべるが、直ぐ口元を手で隠す。やや顔を曇らせたのを、ミアは不思議そうに見た。


「どうしたの?」

「いや。壊れた影響で、あまり話したり笑うのが上手くいかなくてな」


ミアも一瞬顔を曇らせたが、やがて小さく笑った。


「あまり無理して話したりしなくて良いわよ。私疲れてるから、今は静かな方が嬉しいの。あなたも直りたてなんだから、座ってよ」


ミアがマグカップを手に取ると、くるみ割り人形も身体を折り曲げるようにしながら、静かに席につく。

ホットミルクを飲み、クッキーを食べるミアを、彼は静かに見守っていた。


(美味しい。蜂蜜も入ってるのね、ホットミルク)


こんなにゆったりと穏やかな時間を過ごすのは、いつぶりだったろうか。ミルクとクッキーの温かな甘さを感じるうち、ミアは思い出したように彼を見る。


「一つだけ教えて。このホットミルク、あなたが作ったの?」


くるみ割り人形は、微笑みながら頷く。


「ああ、どちらも私の手製だ」


ミアは、満足そうに笑う。


「そう。どっちもとっても美味しいわ。ありがとう、私の為に」

「受け取ってくれてありがとう、ミア」


優しい眼差しと美しい微笑みに、ミアは胸の内が暖かくなる。

食べ終えると、ミアに心地よい眠気がやって来た。

うとうとするミアを、くるみ割り人形はソファまで運んで寝かせる。

その頃には、ミアはすっかり寝入っていた。その身体にそっと毛布を掛け、くるみ割り人形は囁く。


「幸せなクリスマスをありがとう、ミア。貴女も、良いクリスマスを」


クリスマスの朝。

リビングのテーブルにあったはずのくるみ割り人形は、ミアの寝室のテーブルにあった。

まるで彼女を見守るような姿に、ミアはくすりと笑う。


「今年は、良いクリスマスよ。あなたのおかげね。今晩、ホットミルクとクッキー用意しようかな」


いつもより上向いた気持ちで、ミアはベッドから起き出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

くるみ割り人形と聖夜を 六連星碧透 @subaru59

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ