クリスマスにはミニスカサンタを捕まえて

数理教 教祖

クリスマスにはミニスカサンタを捕まえて

「何故だ、どうしてミニスカサンタが来ない」

「バカじゃないですか」


俺の魂の叫びは、無情にも後輩に切って落とされた。

時刻は23時。もう間も無く奇跡は終わってしまうだろう。

設置したトラップを突きながら嘆く俺に、彼女は呆れた様に「大体、」と続けた。


「サンタはイブの夜に来るもの、もう時間切れですよ」

「サンタが遅刻している可能性もある」


彼女と言うよりかは、寧ろ自分に向けた様な言葉であった。

居ても立っても居られなくなった俺は、はやる気持ちを落ち着かせる為にトラップの調整に着手する。全射出テープ良し、レーザー計測器良し、表面迷彩異常なし。


「電力供給も問題なし、クソ、こっちは準備万端なのに……」

「サンタを出迎える準備は、普通クッキーとホットミルクなんですよ」


俺はその言葉に着想を得た。


「成程、か! それは盲点だった」

「そうじゃなくて、ああもう……」


「先輩はいつもそうなんですから」と、彼女は呆れた様に笑った。

俺はそれに「そうか?」と返し、それからクッキーとミルク撒き餌を探し始めた……が、クッキーが見当たらない。そもそも普段クッキーなんぞ食わないからな。底の破れた大袋を丹念にはたき、やはり無いと放り出す。


「近所のスーパーも空いてないだろうし、どうすっかなあ」

「それなら、私、持ってますよ?」

「マジ?」


マジです、と彼女は幾つかの袋を取り出した。個包装のクッキーで、袋にはデフォルメされたサンタ(ミニスカでない)がプリントされている。

俺は彼女からそれをありがたく頂くと、家の玄関からツリーに至るまでの経路上、最も多くのトラップを踏むことになるであろう位置関係に慎重に配置した。

時計をチラリと見る、時刻は15分を指していた。


「これで完璧……と。寝るぞ」

「はいはい、寝ますよー」


そう言って、二人してモゾモゾと布団に潜り込む。

俺はイヤホンを片耳に嵌めた。イヤホンは赤外線センサーと連動していて、反応があれば俺を正確に叩き起こしてくれることになっていた。

今年こそは来てくれるに違いない、何度目かも分からない祈りを心中で呟く。

ふと、背中に妙な熱を感じた。


「何だ、椎名か」


振り返ると、少女は丸まってこちらにぴたりと身体を寄せていた。


「そうですよ、先輩の椎名です」

「生々しい言い方だなあ」


一先ず、そう返す。

眠れないから退いてくれ、そう言おうとしたが、彼女の方が早かった。

「そう言えば、」と、


「先輩は、ミニスカサンタを捕まえて何をする気なんですか?」

「何を……って」


何を、何をか。

うーん。


「……あんま、何もないかなあ」

「……ほんとにー?」

「……多分、本当」

「嘘ですね、男の子は抵抗できない女の子にはエッチな事をするものです」

人によるだろ可哀想なのは抜けない


そもそも


「捕まえるのが目的であって、何をするでもないからなあ。強いて言えば、お話をして記念撮影するぐらい?」

「サンタに求める事としては大分過分な気もしますけどね」


つまり、と彼女は話を繋げた。


「先輩にとって、ミニスカサンタはツチノコなんですね」

「んまあ、そう、なのか?」

「そうです」


断定されてしまった。


「先輩はツチノコを追い求める変人です」


変人呼ばわりされた。


「酷くない?その理屈じゃ俺は中学の時から変人だったことになるぞ」

「寧ろツチノコ愛好家に失礼……え、先輩って中学からこんなのなんですか」

「こんなのとは何だ」


よいしょ、と彼女は俺の体を寝転んだまま乗り越えて、こちらに向かい合う様に移動してきた。

器用な奴だ、俺はそう思った。


「前々から思ってましたけど、先輩って生粋の変態ですね」

「求道者と言ってくれ」

「無理です」

「無理か……」

「はい」


彼女はケラケラと笑った。俺も、思わず声が溢れた。


「そもそも、何を考えたらこんな事を始めることになるんですか?」

「そりゃあ勿論、ミニスカサンタの事だよ」


とは言うが、実際、自分でも良く思い出せない。「もっと具体的な事です」と言われて、仕方なく思い出しながら話す。


「……小学校の頃、俺、友達居なくてさ。転勤族だったから。クリスマスに一緒に過ごす奴なんか居なかったんだ」

「絵に描いたような非モテエピですね」


何を、と、俺は彼女の頬を軽くつねった。


「てててててて、何するんですか!」

「人間には超えてはならない一線というものがあるのだよ、君。……で、そんな折に目を付けたのがサンタだった。サンタを捕まえれば、クリスマスぐらいは友達になってくれるのではと」

「論理が飛躍している気がしますが、理解はできますね」

「しかし、サンタというのは元来毛むくじゃらのおっさんと相場が決まっている。捕まえられた所で話し相手にはなりようがない、致命的な欠陥だ」

「そこで、ミニスカサンタと」

「そう、当時の俺は大真面目に、クリスマスカードの裏側に“ミニスカサンタさん、友達になってください”と書いて壁に貼り付けて寝た」

「ミニスカを消せば微笑ましいシーンじゃないですか、ミニスカを消せば」


「というか、ミニスカなんて言葉を知っている時点でかなりマセた小学生ですね」と、彼女は突っ込みを入れた。


「次の日、起きた俺に残されたのは枕元の美プラだけだった。サンタさんは何処にもいなかった」

「そりゃそうでしょうよ……待って、小学生で美少女プラモ? 友達が居なかったのは親のせいなんですか?」

「言うな」


俺は溢れ出んとする己の過去にある瑕疵筆箱についたアクキー等に蓋をした。


「……さて、そこで俺は考えた。来た所でサンタは直ぐに帰ってしまうもの。ならば捕獲しなければいけない……と」

「妥当な推論ではありますね、前提を除けば」


ミニスカサンタの存在は反証不能である悪魔の証明、と、俺は心の中で反論した。


「そこで、その時初めてサンタホイホイ一号がこの世界に生み出されることになったわけだ」

「ええ……、言いたい事があり過ぎてパンクしそうですよ」


彼女は数刻目を瞑った後、整理がついたのだろうか、口を開いた。


「一つだけ言いますよ。……なら、別にもう良くないですか」

「何が」

「ミニスカサンタが」

「どうして」


だって、と。


「こうして私が居るじゃないですか」

「それは……」

「私という後輩と、クリスマスの夜に仲良く同衾しているのですよ?」

「生々しい言い方だなあ」

「そうですね、でも事実です」


そう言って、彼女はさらにこちらを身体を寄せてきた。


「ほら」


髪の毛が顔に当たった。良い匂いだな、と呑気に俺は思った。

彼女の肌が、その柔らかさが静かに俺の心を撫でていた。

小四の時、彼女が近所に越してきてから、ずっとそうだ。

俺は耐えきれなくなって、これ以上行けば認めてしまう気がして、思わず「そういえば」と口にしていた。


「……何ですか」


彼女は不満そうにそう言った。ぐりぐりと体を押し当てて。


「……ま、まだあるんだった、一号機」


俺は何とかそう声を絞り出し、彼女のジトっとした目から逃れんと試みた。


寝そべったまま、一応は寝ているんだぞという体制だけをとって、俺は部屋の隅の段ボールの中から一つ、シートと凧糸で構成された物体を取り出した。


「……サンタホイホイ一号機、だった筈」

「へー、思ったより単純な構造ですね。……これ、粘着シート?」

「これがトラップの肝、やってくるミニスカサンタを確実に絡めとる」


そう俺が解説すると、彼女は少し悩んだ末に「これ、髪の毛についたら大変じゃないですか」と、実に真っ当な事を言った。


「そう、だからこれは小六で親父が引っ掛かって以降使ってない」

「バッチリ錯誤捕獲してるじゃ無いですか」

「親父は禿げた」

「可哀想に」


彼女は段ボールを漁ると、また一つ、今度は黒いワイヤーを取り出した。


「これ、私が中二の時の」

「あー、あの時はごめん……」


サンタホイホイ二号機。市販の自衛用装備から着想を得た代物で、射出ワイヤーで相手を捕縛する。あの時は彼女が突いて遊んでいた所誤作動、中学生の亀甲縛りを錬成してしまった。


「良いですよ。……胸にピンポイントで当たった時はそういう意図を疑いましたけど」

「マジで無かった、誓って」


「あっても良いんですけどね」と彼女は言って、どう答えたものかと迷った末俺は黙秘した。


「無視しないで下さいよ」

「うーん、意図はあった……かも」

「エッチ」


そう言って彼女は大袈裟に胸を隠した。


「今はないって」

「今は冷めたと」

「いや……そうじゃない」

「じゃあ……」


そう彼女が向ける視線は、何処となく悪戯っぽくて、そこでやっと俺は自分の後ろに壁があることに気づいた。嵌められた。


「えー、あー、寝るぞ」


俺は進退極まって、やむを得ずそう口にする。

「あ、逃げた」と彼女は言った。俺は布団を頭から被った。顔が隠れる様に。


「先輩はいつもそうですね、ヘタレで」


その声に責める様なところはなく、何処か優しい気がした。

それに直接返事をする事は出来なくて、しかしここで何も返さないと何かが途切れてしまう気がして、俺は口を開く。


「さっきさ、ミニスカサンタを捕まえて、それで何かしたいわけじゃない、って、言ったと思うんだけどさ」

「ええ」


そうして、何とか言葉を整えて口にした。


「見つけて、あの日の自分を肯定したいと思ってる所が、無くもないんだ。自分は決して現実逃避していた訳じゃない、って。そうしたら、前に進める様な気がする」


──────────


先輩は、いつの間にやら寝息を立てていました。

すうすうと眠る先輩の頭を人撫でして、それから私はトン、と飛んで、赤白の衣装に身を包みます。もう少しだけ、この姿は先輩には内緒です。


「お休みなさい、良い子さん」


私は枕元にプレゼント、手編みのマフラーを置いて、それから布団を後にします。少し遅刻してしまいましたが、その通り、サンタさんだって遅刻はするんですよ。

廊下に仕込まれた計測器のレーザーは私の意思の通りに身体をすり抜けて、もう一つの壁面に当たります。

サンタさんはカメラに写らないんですよ、と悪戯っぽく言おうとして、足下にある重量センサに気づいて慌てて飛び越えます。ここのトラップは年々進歩しているので、そろそろ捕まってしまうかもしれません。

そうなったらどうしようかな、それも良いかな、そう思いながら、私は窓に留めていたスクーターに飛び乗ります。


「先輩も鈍いですね、灯台下暗しですよ」


まあそれも良い所なんですけど、と心の中で呟いてみます。

明日もきっと、先輩は何も気づかずに居て、私とくだらない話をするんだろうなと思って、それに満足している様で、不満げな私が居て。

何年も前、泣いている少年の所に来た、半人前の妖精だった自分を思い出して、私はこう呟くのでした。


「……早く捕まえてくださいよ、先輩」

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