第2話 黒川凛と、ケイネラ・メリカとの出会い
軽いレクリエーションを受けて、先生の話は終わった。
マリアは立ち上がり、黒川凛の元へ行く。
「あの……黒川さん、で合ってるかしら?」
凛は振り向く。真面目で理知的な黒い瞳が、マリアの瞳を射抜いた。近くで見ると案外透き通った色をしていて、美しい。薄くカットした黒曜石のようだ。
黒川は一瞬目を見開いた。
時が止まった様な錯覚を覚えた。
マリアのサラ艶の髪が流れ落ちるのを視界の端に収める。
マリアの美しさに目を奪われたのである。まさに、小説に出てくるような美少女だ。
少しして、意識を取り戻し、返事をする。
「、あぁ。どうかしたか」
「あの……えと……」
マリアはフィリア達の方を見た。
2人はスっとマリアの隣に立つ。マリアはそれにホッと安心した。
「僕はフィリア・アメトウストです。彼女はマリア・ファムファタール」
「ボクはベリー・ランジェロ!!」
「俺は黒川凛だ。同じクラスの様だな。これからよろしく頼む」
凛は頭を下げた。マリアも慌てて小さくお辞儀をする。
「えっと……こういうときは……その、Lumiやってらっしゃる?」
マリアは友達を作ろうと話しかけたことがあまりない。なので、先程ベリーにされたことを繰り返してみた。
ベリーはそれが分かり、心の中で微笑ましく思った。
「Lumi……やっていない。が、入れてみようと思う」
「ほんと!嬉しいわ。私が手とり足とり教えてあげるわね」
「え、マリアちゃんさっき始めたばっかだよね?」
「そうでしょうね」
「……一緒にお勉強しましょ!」
「ふっ、ふふ……うん。そうだな」
凛は自然な笑みを浮かべて、小さく息を零した。
その姿が可愛らしくて、マリアはキュンとした。
「ねぇねぇ、凛くんって呼んでもいい?」
「いいぞ。ベリーでいいか?」
「もちろん!」
「ふふ、嬉しいわ。もうこんなにお友達が出来ちゃった」
「そうですね。中学生の頃の貴方には考えられない進歩です」
「やだ、弄らないで頂戴。君がいれば、私も友達作れるのよ」
「そうですね、あくまで僕がいれば、ですけど」
2人はクスクス笑った。ベリーはその姿に、僅かに、胸に違和感を抱いた。
体を前傾させ、マリアの前に顔を出す。
「ねぇねぇ、中学生の頃のマリアちゃんって、どんなだったの?」
「写真あるかしら……あ、お正月に家族で撮った写真があったわ。こんな感じ……恥ずかしいけど」
マリアはスっと写真を見せる。凛も一緒になって覗いた。
そこには、黒くて長い前髪をピンで止めた、お下げの女の子が写っていた。赤い着物を着ている。化粧っ気はない。が、それでも整った顔をしている。
「え、かわい〜!!素朴な感じだね!」
「うん、この頃はお化粧もしてなかったの。お母さんが、写真撮る時位は前髪どかしなさいっていうから、ピンでとめてて。普段は下ろしてたの」
「えぇ、黒髪の頃も可愛らしかったですが……今の髪色もよく似合っていますよ」
「ふふ、でしょ?ありがとう」
「……可愛らしいんじゃないか?」
「あ、黒川さんもそう言ってくださる?ありがとね」
クラスの人たちは、ぜひ写真を見たいと思ったが……話しかけられないため、叶わず。モジモジして終わった。
「さぁ……寮に戻りましょうか。皆さんも寮生ですか?」
「あぁ」
「うん!!」
「では、皆で参りましょうか」
「うん、行きましょ!」
4人は寮へ向かった。
荷物はもう運び込まれている。荷解きは昨日行った。
「じゃーねー、マリアちゃん!」
「またな」
「ではまた」
「うん!3人とも、またね!」
そうして4人は別れた。
次の日は休日であった。
早起きしたマリアは、運動着に着替えて、外に出る。軽くストレッチして体を温めた後、寮から学校の辺りを走り出した。
髪を揺らしながら、時折小さく息を整える。
「はっ、はっ、はっ」
ふと、人の気配を感じて、周りを見る。すると後ろに、美少年がいた。鍵色の鈍い金髪に、下が深い海のようなグラデーションカラー。下唇が少し厚くて色っぽい。口元にホクロがある。涙袋が大きく、よく目立つ。
彼は……
「ケ、ケイネラ・メリカ!?」
マリアは驚く。彼は、世界を股にかけるトップモデルの一人だ。
同じく走っていたらしい、彼も立ち止まって、こちらを見る。
「あぁ……君は、入学式で噂の。マリアさんだよね」
スっと名前が出てくるあたり、かなり噂は広まっているらしい。
「え、えぇ。私、そんなに有名になってるのね。私、マリア・ファムファタールと申します。ケイネラさん、よね?よく知ってるわ。貴方が出てる雑誌、買ったもの」
「ほんと?嬉しいね。君もランニング?良かったら一緒に走ろうよ」
「えぇ、ケイネラさん。よろしくね」
「うん。ケイネラって呼んで。僕もマリアって呼ぶ」
「!えぇ。分かったわ」
そうして2人は走り出した。
息を吐く音が重なる。ケイネラはゆったりとしたペースで、マリアに合わせる。
その表情は清々しく、楽しげだ。
「君のペース、いいね。遅すぎず、速すぎない。走りやすいよ」
「ほんと?良かったわ」
呼吸のリズムも揃っていく。
走りながらも視線は、メリカの背中や横顔にふと注がれる。その視線には、心からの安心と喜びが含まれている。
2人は並走して、心地よい疲労感を感じていた。
「君は何組だったの?」
「1-Aだったわ。ケイネラは?」
「僕は1-B。隣だね」
「えぇ、隣だわ。同じクラスじゃないのが残念ね」
「そうだね。まぁでも、またこうしてさ、ランニングとかしようよ。君との運動は、心地良い」
「あら、私も同じ気持ちよ。貴方と走るのって、気分が良くなるの」
「それはよかった」
メリカと時間と空間と行動を共有することで、幸福度が上がるのだ。胸の辺りが温かくなる。
穏やかな空気が流れていた。はちみつを混ぜたミルクのような、優しい時間だ。
暫く走って、マリアは立ち止まった。ケイネラもそれに合わせて立ち止まる。
「はぁ、はぁ、疲れたわ……そろそろ私、寮に戻るわね」
「うん、僕もそろそろ戻ろうかな。この後は?」
「シャワーを浴びて、朝ごはんを食べるわ」
「ご飯、一緒に行ってもいい?」
「もちろんよ。じゃあ、8時半に食堂で会いましょう。他の方もいらっしゃるから、紹介するわね」
「うん」
そうして2人は1度別れた。
寮でシャワーを浴びる。お風呂は銭湯のような広い浴場で、シャワーヘッドは高級品だ。優しい細かい粒子の水が、マリアの肌を撫でる。
部屋から持ってきたボディソープを泡立てて軽く洗った。ホワイトソープの匂いが香る。
シャワーというのは良い。心の汚れも、疲れも、全て洗い流してくれるから。マリアはこの時間が好きだった。
今は何も考えなくていい。ただ、癒されるだけ。シャワーとは、マリアを外界から解放する空間だ。
シャワーをキュッと止め、浴室を出る。ふわふわのタオルで体を拭き、化粧水を吹きかける。ボディクリームも軽く塗っておいた。夏場はベタつくのでボディミルクだが、冬場は乾燥するのでクリームだ。
クリームからは、ホワイトリリーとはちみつの香りがした。
生まれ変わった心地だった。
「メイクは……後でいいわね。ご飯を先にしましょう」
すっぴんでも十分可愛い自信があるので、ご飯を先にした。
食堂の前に行くと、ケイネラは既にいた。凛、ベリー、フィリアもいる。
食堂はエデンらしく、天国のような白基調である。
「皆、おまたせ」
「いえ、待っていませんよ。今、ケイネラさんとお話していたところです」
「うん、この人達だよね?マリアの友達って」
ケイネラがニコリと微笑む。笑うと涙袋がよりぷっくりしていて色っぽい。
「えぇ、そうよ。仲良くなれそうで良かったわ」
「あのケイネラ・メリカとLumi交換しちゃうとかマジパないんだけど〜!ありがとね、マリアちゃん!」
「いいえ。ケイネラが優しいからだわ。行きましょう」
5人は食堂の中へ入っていく。
寮食はビュッフェ形式だ。
「私はパンケーキを焼こうかしら」
「ふむ。では僕も同じものを」
フィリアはマリアに合わせることが多い。
「俺は味噌汁と焼き鮭を」
凛は和食派のようだ。
「え〜……じゃあボクはパンにしようかな!」
ベリーは洋食派である。
「僕はヨーグルトとフルーツとサラダにしようかな」
ケイネラはトップモデルらしい、意識の高い朝食である。
「いただきます」
皆で手を合わせて、いただきますの挨拶をする。
机は大理石でできていた。
「マリアちゃん、スッピンでもちょ〜美人だね!!」
「同意だな」
「ほんとにね。メイクしても華やかで可愛いけど、スッピンだと素朴な可愛らしさがあるよ」
ベリーも、凛も、ケイネラも口々に褒める。
「ふふ、あら。そうかしら。ありがとう」
「ふふ、当然ですね」
「なんでフィリアくんが誇らしそうにするの??笑」
「この子、こういうとこあるのよ。気にしないで」
「ふーん笑」
ベリーがなにやらつまらなそうな顔をしているのにマリアは気づいたが、すぐどうでもよさそうに食べ始めたので、彼女も気にしなかった。
フィリアはなんでもない事のようにスルーする。
フィリアの食べ方が綺麗なのは知っていたが、凛、メリカも上品な食べ方をする。育ちがいいのだろう。
フィリアが人差し指をナイフに添え、引くのみでパンケーキを切る。マナーに沿った使い方だ。
ベリーは庶民的だが、綺麗な食べ方だ。
「メリカくんってトップモデルじゃん?学校と両立するのって大変そう?」
ベリーが興味深そうに問う。
「うん、まぁ。でも、エデンはその辺り理解が深いから、色々配慮してもらう予定。他のモデルの子もそうなんじゃないかな」
「へー!いいじゃん、いいじゃーん♫ね、この学園って色んな学部に分かれるけど、皆はどこ狙って入ったの?ボクはもちろん、SNS部!インフルエンサーとして活躍し続けたいからね♫」
エデンは高校生のうちは普通の学校だが、大学の領域になると、様々な学部と学科に分かれる。
「神は運命をお定めになられる。僕の進む道は、必然と決まっています」
「そうね。……フィリアの思想は深くて素敵だわ。いつも相談すると、素敵な返答をくれるもの」
「ふふ、照れますね」
フィリアは耳に髪をかけながら、照れを隠した。
「ほう、では俺もなにか困ったことがあったらフィリアに相談しよう」
「どうぞお任せ下さい。神の御心の元、貴方を導いて差し上げます」
「ほう」
胸に手を当てて、小さくお辞儀をした。凛は感心して小さく声を零した。この2人は相性が良いらしい。
「僕は芸能部に入るよ」
「俺は法学部に────」
その時、食堂のが少し騒がしくなった。
「───────マリアちゃんは?」
ふと、マリアに視線が集まる。
「私は……」
マリアは言い淀む。困ったように斜め下を見るのみだ。その憂うような表情も皆の目に美しく映った。
「あ。もしかして未だ決まってない?」
全員が道を決めきっている中、自分だけ決まっていないというのは言いづらいだろう。
実際、1年生の時点で道を確定している人は少ないので、ここの4人が珍しいのだ。だからマリアは気にしなくていい、と皆は思っている。
「えぇ、えぇ……そうなの。三年生が終わるまでに、決めようと思ってるの」
「そうなんだ!エデンは学部多いから、何にでもなれるもんね!ゆっくり決めてこ!!」
「うん、それがいい。マリアはゆっくり決めたらいいよ」
「えぇ。ありがとう」
しゃらりと音がしそうな、安心した穏やかな笑みを浮かべた。
ご飯を食べ終える。食堂の外に出た。
「皆さん、この後の予定は?」
「休みだ」
「お休み〜〜!!」
「僕も休むつもりだよ」
皆が口々に言う。
「……僕はマリアと遊びます」
少し溜めて、なんでもないように告げる。
「えっ!?自慢?」
ベリーは耳を疑った。思わず聞き返す。その言葉にフィリアは、フッと笑う。
「えぇ。しかしただの自慢ではありません」
「フィリアはね、皆と一緒に遊びたいと言ってるのよ」
「あぁ、そういうこと!分かりづら!」
ベリーは案外ハッキリいうことである。多分フィリアにだけだろう。マリアに対する対抗心を燃やしている節があるのだ。
「くふふふふ、失礼しました。そういう訳です。皆さん、街まで遊びに行きませんか?」
ベリーが存外はっきり言うものだから、フィリアは面白くなって笑ってしまう。
「いいねぇ〜!!楽しそう!!」
「ふむ、いいんじゃないか」
「僕も行きたい」
皆、口を揃えて賛同した。
「決まりね!皆、準備したら街へ行きましょう!9:30に寮の前に集合で大丈夫かしら?」
「大丈夫!皆もいいよね?」
「あぁ」
「大丈夫だよ」
「勿論です。僕はマリアの予定に合わせます」
「嬉しいわ。では皆さん、また後で」
そうして5人は1度別れた。
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マリア・ファムファタールの楽園(エデン) 砂之寒天 @sunanokanten
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