「滝岡総合病院のクリスマス」4 fin
「…―――滝岡先生、自衛官だったんですか」
「正義はな、…―――あいつ、自力で大学行くってうるさかったからな。…―おじさんが修行させる為に引っこ抜いたんだ」
第一へ戻って廊下を歩きながら、少し面白そうに神原が微笑んでいうのに、神代がポケットに手を突っ込んだまま他所をみていうのに。
さら、と神原が微笑んで。
「それは、橿原さんだけが思い付かれてしたことなんですか?」
「…――どの道、おじさんの計画には入ってたさ。あいつは何れにしろ、滝岡を継ぐんだからな」
神原を見返していう神代に微笑んで。
「つまり、貴方も関わられた、ということですね?滝岡先生が修行をすることになるのには」
面白そうにいいながら、オフィスの扉を開ける神原に神代が中に入りながら。
「それはな、…。あいつは腕の良い外科医なんだぞ?修行させないと勿体無いだろう。海の上で健康優良児の健康管理なんて勿体無くてさせてられるか」
「それ、滝岡先生は本当に気付いていないんですか?全部、院長の陰謀だと?」
おかしそうに微笑んでいう神原に、眇めた視線を向けて多少あきれながら神代が。
「正義はな、…。おじさんに遊ばれて長いからな」
「…遊ばれてるんですか?」
「おじさんも人が悪いからな。あいつで遊ぶのは面白いらしい。正義がまた律儀な反応するからな。面白いんだろ」
半ばあきれた風にいう神代に神原が微笑む。
「そうですか、…まあ、わかる気もしますが」
そういって微笑む神原を疑わしげに神代がみる。
「おまえな、…?」
「はい?」
何でしょう?という神原を見あげて。
「…院長、…おじさんに遊ばれてるからな。おまえまで、遊ぶなよ?正義で」
「ダメですか?」
疑わしげにいう神代に、神原が無邪気そうに見返していってみる。それに、思い切り疑っている顔をしてみる光に。
「…神代先生、大丈夫ですよ。僕は、滝岡先生では遊びませんから」
「…本当だろうな?」
「はい。僕が遊ぶのは、神代先生で、ですから」
にっこり本人を前にしていう神原に神代が怒る。
「…おまえなっ?神原!」
「だって、神代先生で遊ぶ方が面白いですしね?」
「…―――おまえな?…人で遊ぶなっ、…―――!」
「でも、面白いですし」
にっこり、笑顔で神代を抱きしめて遊ぶ神原に。
その手を外そうと試みながら。
「…ば、ばかやろう―――!神原のばかやろ―――!!!!」
神代先生、光の大声が響き渡って。
「つまり、院長に遊ばれて、勝手に除隊させられて、艦医になる予定が修行させられて、この病院に来られていまですか」
まだ少し茫然としながらいう神尾に滝岡が頷く。
「そうだ。…修行に関しては感謝しているがな。各地の良い先生方に出会えて、修行もさせてもらえたからな、腕も磨けた、…だがな」
「自衛官でいたかったですか?」
デスクに戻って書類を作成していた滝岡が、問い掛ける神尾を見る。
「…―――此処へ、…滝岡総合へ戻ってくるには、…――」
ふと、視線を伏せて滝岡が穏やかに笑む。
改めて、真面目に見ている神尾に視線を合わせて。
「よかったと思っている。光の夢と、プロジェクトに関われたことも考えればな。…仕事、時間大丈夫か?」
「…――はい、後で、また」
「…ああ、わかった」
穏やかに微笑んで、医局を出る神尾の背を滝岡が見送る。
「まあ、おじさんに文句はあるが、全体的には感謝している」
歩きながらいう滝岡に、神尾が見返す。無言で問う視線に、苦笑してポケットに手を突っ込んだまま家路を共に歩きながら。
「…そうだな、何を勝手にと当時もいまも思うんだが、…。――前に、おれの両親が十三の時共に死んだのは話したと思うんだが」
「はい、…」
静かに見つめる神尾を隣に、無言でしばらく滝岡が歩く。
静かな宵を、共に歩いて。
幾らか俯いて。
「そのときから、院長、…おじさんは、俺達の後見人でな。…おじさんは、本当は院長ではなかったんだが、…。おれの父に、病院を頼まれてな」
「滝岡さん」
そっと、薄闇を見ながら滝岡がくちにする。
「…あの人も、そんなもの頼まれて困ったとは思うが。…それで、俺達の後見人にもなって、…――――」
家に着いて、滝岡が古い洋館の門扉を潜りながら苦笑する。
古い屋敷に緑が覆う懐かしく、――――。
家に入って、古い居間に鍵を置いて。
暖炉の上に鍵を置いて、アンティークの古い家具の置かれた室内を見廻して。
「…家を売れば、勿論金は作れたんだが」
「滝岡さん」
「光も住んでいたし、当時は秀一もまだ学生だったしな。…家だけじゃなくて、関の処も行き来してたけどな。…何より、おれが」
「滝岡さん、…――」
しばし佇んで無言でいる滝岡に、神尾がその腕に手を置く。
それに、少し俯いて目を閉じて。
「この家を、売りたくなかったんだ。…だから、自治医大か、防衛医大を考えてな。…家に残されてた分は、病院の経営に回っててな。実をいうと、当時は随分と赤字で、苦しかったらしい」
「…滝岡さん」
「現金で余剰が無かったと云う訳だ。総合病院は、本来父達が運営してたのを、おじさんに押し付けたからな」
苦笑して滝岡が顔をあげる。
「だからといって、いまの院長の脱走振りに同情はするなよ?」
真面目な顔で真剣に神尾を見ていう滝岡に。
思わず吹き出しそうになりながら。
「…はい」
「頼むぞ?まったく、…あの院長は、脱走ばかりしているんだからな?…ったく。とにかくだ」
「はい?」
「防衛医大には感謝してる。部隊の上官だった先輩にもな」
「…先輩、永瀬さんですか」
聞き返す神尾にうなずいて。
「そうだ。先輩は、当時おれが最初に訓練に出たときからの上官でな。当時は陸自でまず配属されて訓練を受けるんだが」
野戦用の救護車両や手術車両、設営されたテントでの救護活動などを思い出して少し微笑んで。
「滝岡さん?」
「うるさい上官だったんだがな?ともかく、同じ部隊で最初に配属されたときに世話になってな、…神尾」
「はい、それで、永瀬さんを?」
「…――――」
困ったように滝岡が神尾をみて。
「…あの?」
「うん、…――」
突然、抱きしめて、肩に顔をおいていう滝岡に。
肩に手をおいて、驚いてみて。
「あの、滝岡さん?」
「…―――うん、眠い」
「え?あの、…枕にしてるのは僕ですよ?」
「…なにか、多分、おまえのくせが移ったんだな、…ねむい、…―――」
「…そういえば、今朝も時差有りの会議でしたね、って、滝岡さん!」
くう、――とすでに眠り始めている滝岡に神尾があせる。
「…あの、その、ですね?…―――」
これはどうしよう、と周囲を見廻して。
「まったく、困った人ですね、…」
本当に、と。
微苦笑を零して、神尾が寝てしまった滝岡を横にした長椅子に毛布を掛けてやりながら。
「後でご飯が出来たら起こしますから、そうしたら起きてくださいね?」
軽く毛布を叩いて、神尾が立って。
結局、起きない滝岡に傍の小卓にいつでも食事が摂れるように用意した食事をみつけた硝子のドーム型の覆いに入れておいて。
寒くないようにヒーターの焚かれた側に、暖炉を背に毛足の長い絨毯が敷かれた床に座って、ソファの足許を背にして眠る滝岡を眺めてみる。
―――困った人ですね、…。
いつも、どうにもどうみても自分の事を後廻しで。
「いまも、永瀬さんのこと、心配してる場合ですか?」
御自分のことは、と考えてから。
「いけない、…ねむいですね、…――」
どうにも、枕にしなくても、こののんびりとした寝顔をみていると眠くなってくるのかも、と。
そんなことを思いながら。
つい、絨毯の敷かれた上とはいえ、床に座って滝岡を眺めるようにしながら、こくりと舟を。
「…おい、おい、神尾!風邪ひくぞ?…おい!」
すっかり眠っている神尾に起きて気が付いて。起こそうとして声を掛けて肩をゆするが、まったく起きる気配すらない神尾に滝岡がどうしたものかと見つめてから。
「…まったく、何処が不眠症だ?全然起きない上に、別に枕にもしてないだろうに」
いいながら、それから、用意されていた食事をみて。
振り向いて、微笑んで。
「…ありがとう、神尾」
それから、…――――。
抱き上げて、階段を運んで。
「…―――――」
ええと、もしかして、と。
夜中に、どうやらベッドにいるのに気付いて目が醒めて。滝岡が隣で眠っているのに、驚いて見返す。
夜空に樹々が窓を彩るのがみえるのにも気付いて見直して。
――つまり、滝岡さんの部屋ですね、…。運んでもらったんですか、…。
僕って、と。思わずも夜空を眺めて口許に手を当てて考えて。
全然、まったく、気が付きませんでしたね、…。
運ばれるのにも爆睡していたんですか、としみじみ夜空を見詰めてから。
「…―――寝ましょう」
隣で、思い切り寝ている滝岡をちら、と眺めてから。
目を閉じると、す、と。
何か、暖かさにやはり引き込まれて。
すぐに眠りに、―――――…。
「おはようございます」
「…おはよう、…―――昨夜はすまなかったな、…ありがとう」
寝惚けて起きて髪を掻き回して首を捻ってから。神尾をみて微笑んでからいう滝岡に、微笑み返して。
「はい、いいえ、…――僕こそ、どうやら運んでもらってしまったみたいですね、すみません。重かったでしょう」
ベッドに座って、既に起きて上がって来ていた神尾を見直して滝岡が笑む。
「いや、…慣れてる。永瀬さんとか、光とかな?…あいつらに比べたらおとなしいもんだ。けど、神尾」
「はい」
滝岡が微苦笑を漏らして。
「おまえまで風邪引いたらどうするんだ?」
「それはお返しします。僕は結構丈夫ですからね?屋根のある保温されたあんな風な場所で寝てるくらいでは風邪引きませんよ。それより、永瀬さんの心配もいいですけど、この処、少し仕事詰めすぎではないんですか?昨夜も」
にっこり微笑んで顔を覗き込んでいう神尾に滝岡がくちを大きく曲げてみせる。
「ま、な。…ったく、おまえな?」
その神尾の頭に手を置いて、軽くぽん、と叩いて。
「…気をつけよう。―――確かに、この処、打合せも多かったからな、…――。もうすぐ、立ち上げになるから、少し詰めすぎていたな。…神尾」
「はい」
穏やかに少し微笑んで見つめる神尾に。少し俯いて、髪に手を置いたまま、僅かに微笑んで。
「…神尾」
「はい?」
「ん、…愛してる、おはよう」
「あのですね、…―――。それって、もしかして、光さん、いえ、神代先生との習慣というか、…―――遊んでますね?滝岡さん!」
抱きついて面白そうに微笑んでいう滝岡にあきれて神尾が。
「うん?…―――面白いな、朝のあいさつは大事じゃないか?光は、これいわないと、すっごく怒るんだぞ?」
楽しげに笑っていって。抱きついて笑っている滝岡に神尾があきれる。
「あのですね、…朝御飯用意できてますから、―――…遅れますよ?」
肩を叩いていう神尾に笑ってうなずいて。
「うん、ありがとう、…すまん、…―――あいしてる」
「だから、あいしてるはいりませんから」
「いらないのか?」
顔をあげていう滝岡に。
「…――どうしてもいいたいんですか?」
面白そうにみている滝岡に、一呼吸して。
「わかりました」
「神尾?」
目を丸くしてみている滝岡に。
「…――――だめですね、…結構いえません、…どうしてそうすらすらと出てくるんですか」
云い返そうとして挫折して、笑って滝岡の肩に顔を伏せる神尾を得意気に滝岡がみて。
「おれは、光に鍛えられてるからな?…愛してる」
「…やめてください、…まったく、ほら、朝御飯食べますよ?」
「うん、…ありがとう、今日は?」
「はい、今日はパンをトーストしてますからね?はやく下りて仕度してください」
「…わかった!すまん、すぐ下りる」
急に真面目な顔になって手を放していう滝岡に思わず吹き出して。
「はい、あまり慌てて怪我とかしないでくださいね?まったく、…―――」
笑み崩れて先に降りる神尾を見送って。
「いかん、顔洗わないと」
それから、空を仰いで笑んで。
クリスマスの賑やかな平穏から、いつもの日々へ。
隣にある暖かさに、ぬくもりに感謝して。
何はともあれ、メリークリスマスとよい新年を。
忙しくせわしなく、それでも日々を平穏にと願いながら。
新たなときを刻んでいく、――――。
メリークリスマス&よい新年を
皆様おすごしください
fin
感染症専門医神尾の事件簿 小話集「滝岡総合病院のクリスマス」 高領 つかさ (TSUKASA・T) @TSUKASA-T
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます