第4話 右腕の輝きと、砕け散る理性の鎧

地下深くへと続く階段を降りながら、俺は自分の右腕を見つめていた。 分厚い鉄の鎧から突き出た、生身の右腕。そこから溢れ出る黄金色の魔力光が、薄暗い地下道を松明のように照らしている。


「……すごいな。右腕一本で、体が浮き上がりそうなくらい魔力が溢れてくる」


俺が感心していると、背後からクラリスがマントを投げつけてきた。


「隠せ! その腕を隠せと言っているのだ! 聖女様の前だぞ、恥を知れ!」

「いや、隠したら戦えないでしょ!? 今、地下からとんでもない殺気が来てるんですよ!」


そうなのだ。地下の最深部から漂ってくるのは、先ほどの魔狼とは比較にならない、肌が粟立つようなプレッシャー。『古龍の残滓』――かつて世界を滅ぼしかけた厄災の、燃えかすのようなものらしい。


「ええ、感じます……。禍々しい、澱んだ闇の気配。ですが大丈夫です」


ルミナが俺の(鎧の)背中にぴったりと張り付きながら、うっとりとした声で囁く。


「ケンイチ様の右腕から放たれる、この清らかな光……。まるで闇夜を切り裂く暁のようです。ああ、もっと近くでこの熱を感じたい……」

「ひぃっ! 聖女様、離れてください! その男の肌は劇物です! 触れたら風紀が汚染されます!」


クラリスが必死にルミナを引き剥がそうとする。カオスだ。これからボス戦だというのに、パーティーの連携は最悪だった。


「カカカ! 面白い見世物じゃ。ほれ、着いたぞ」


最後尾を歩いていたガムリが、ニヤニヤしながら顎をしゃくった。


辿り着いたのは、広い地下空洞だった。 その中央に、それはいた。 実体を持たない、黒い霧と骨が渦を巻いて形成された、巨大な龍の亡霊。


『グオォォォォォォ……』


空気が震えるほどの咆哮。それだけで、並の兵士なら気絶するほどの恐怖の波動が放たれる。


「くっ……! なんという瘴気だ……! 総員、防御陣形! 私が前衛に出る!」


クラリスが震える手で大剣を構え、前に出る。流石は騎士団長、伊達に堅物ではない。 だが、古龍がギョロリと赤い眼光をクラリスに向けた瞬間、黒い霧が槍となって彼女に襲いかかった。


「しまっ――防御障壁、展開!」


ドォォォン!!


クラリスは障壁ごと吹き飛ばされ、壁に激突した。


「がはっ……! 馬鹿な、たった一撃で、王宮魔導師級の障壁が……!」

「クラリスさん!」


俺は駆け寄ろうとしたが、重すぎる鎧が足枷となって思うように動けない。 古龍の視線が、次は俺――正確には、魔力を放つ俺の右腕に向いた。


『グルルァァァァァ!!』


今度は、口から漆黒のブレスが吐き出された。死の奔流が俺に迫る。


「くそっ、迎撃するしかない! ……右腕だけで、いけるか!?」


俺は露出した右腕を突き出し、魔力を集中させた。 イメージするのは、あの時ゴブリンを消し飛ばした感覚。


「【魔力砲マナ・キャノン】!!」


ズドンッ!!


俺の掌から、丸太のような太さの魔力光線が発射された。 右腕一本分の露出とはいえ、その威力は凄まじかった。光線はブレスを真正面から押し返し、古龍の本体に直撃する。


『ギャァァァァァ!!』


古龍が悲鳴を上げ、霧の体が一部四散した。


「やったか!?」

「す、すごい……! 右腕だけで、古龍のブレスを押し返すなんて……!」


壁際でクラリスが目を見開いている。 だが、古龍は死んでいなかった。四散した霧が再び集まり、元の姿に戻っていく。


「再生能力持ちかよ……! これじゃジリ貧だ!」


しかも、問題が発生した。 右腕から放出した魔力の反動と熱量に、俺が着ている「強制着衣の呪鎧」が耐えきれなくなってきたのだ。 全身の関節部分から、ギチギチと嫌な音が鳴り始める。


「あ、熱っ!? おい、この鎧、熱を持ってきたぞ!」

「なっ!? 馬鹿な、それは対魔法コーティングされた特注品だぞ!」

「カカカ! 残念だったのう、騎士サマ。そいつの魔力出力は、その鎧の設計限界を超えておる。いわば、火薬庫の中で火遊びしているようなもんじゃ!」


ガムリが楽しそうに解説する。


「そ、そんな……! ではどうすれば!」

「簡単なことじゃ。内側からの圧力に耐えられないなら、外に逃がしてやればいい」


ガムリが懐から、小さなスイッチを取り出した。


「――爆破パージじゃよ」

「「は?」」


俺とクラリスの声が重なった。


ガムリがスイッチを押した、その瞬間。


カッッッッ!!!!


俺の着ていた鎧が、内側から弾け飛んだ。 留め具が火花を散らし、分厚い鉄板が紙屑のように四散する。


「きゃあああああ!? 私の、私の最高傑作の拘束具があぁぁぁぁ!!」


クラリスの悲鳴が木霊する中、俺は感じていた。 解放感を。 重苦しい鉄の塊から解き放たれ、冷たい地下の空気が全身の肌を撫でる、この感覚を。


――ああ、やっぱり、裸が一番だ。


魂がそう叫んだ瞬間、右腕だけだった魔力の奔流が、全身から爆発的に噴き上がった。 地下空洞が、真昼のような黄金の光に包まれる。


「あ……ああ……!」


ルミナが、見えない目でその光を見つめ、涙を流して跪いた。


「なんと……なんと神々しい……! これが、ケンイチ様の真のお姿……! まるで、生まれたままの姿で降臨された神の御使い……!」

「違う! ただの全裸だ! 目を覚ませ聖女様ぁぁぁ!!」


クラリスが半狂乱で叫ぶが、もう遅い。


俺は全裸で大地を踏みしめ、再生しかけた古龍を見上げた。 先ほどまでの恐怖は微塵もない。今の俺には、この程度のトカゲ、指先一つで消し飛ばせる確信があった。


「悪いな。服を着てると調子が出ないんだ」


俺は軽く右手をかざした。


「――【浄化の光パニッシュメント・ライト】」


放たれたのは、もはや魔法と呼べる代物ではなかった。 ただの純粋な魔力の塊が、津波となって古龍を飲み込んだ。 断末魔の叫びすら上げる暇もなく、古龍の残滓は光の中で完全に蒸発し、消滅した。


後には、静寂と、蒸発した岩盤の熱気だけが残った。


「ふぅ……。ちょっと出しすぎたか」


俺は全裸で腰に手を当て、満足げに息を吐いた。 振り返ると、壁際でへたり込んでいるクラリスと、祈りを捧げているルミナ、そして腹を抱えて笑っているガムリがいた。


「……クラリスさん。あの鎧、壊れちゃいましたね。弁償します?」

「…………近寄るな。その、ぶらぶらしたものを、私に向けるなぁぁぁぁぁ!!!」


地下空洞に、本日何度目かの騎士団長の絶叫が響き渡った。


(つづく)

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30歳童貞、風呂場で滑って死んだら「全裸賢者」として転生した~脱げば脱ぐほど魔力が溢れて困る~ 蜷川 @ninagawa1116

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