第3話 聖女の「眼」と鉄壁の拘束具
「……よし、これで指一本通さん」
街の警備隊本部。クラリスが満足げに頷いた。 目の前にいる俺――ケンイチは、今や「歩く鉄壁」と化していた。
ガムリの『早脱ぎ装備』を没収したクラリスが用意したのは、特注のフルプレートアーマー。しかも、ただの鎧ではない。関節部分が魔法の鍵でロックされ、内側からは絶対に脱げない構造の、いわば『強制着衣の呪鎧』だった。
「重い……。クラリスさん、これじゃ歩くのも一苦労なんですけど」
「当たり前だ。貴公の『魔力』の源が『露出』にあるならば、一分一秒たりとも肌を晒させなければいいだけの話。今の貴公なら、赤ん坊でも勝てるぞ」
彼女はフンと鼻を鳴らした。 確かに、今の俺の魔力計は完全にゼロ。30歳童貞の神秘は、分厚い鉄板に阻まれて完全に沈黙していた。
「カカカ! 無駄なことを。その男の魂はすでに全裸を求めてる。そんな缶詰みたいな格好、長くは持たねえぞ?」
「黙れドワーフ! 貴様も余計な発明をしたら即刻、独房行きだ!」
そんな一触即発の空気の中、本部の扉が静かに開いた。
「――お騒がせしております。こちらに、新たな『賢者様』がいらっしゃると聞きまして」
鈴を転がすような清らかな声。 現れたのは、純白の法衣に身を包んだ、この世のものとは思えないほど美しい少女だった。
「……ルミナ聖女様!? なぜここに!」
クラリスが慌てて膝をつく。 彼女こそが、この国の精神的支柱であり、神託を授かる聖女ルミナ。 彼女の瞳は薄く膜が張ったように白く、視力を失っている。だが、その代わりに万物の『魔力』を視る心眼を持っていると言われていた。
「ふふ、あまりに大きな『光』を感じたものですから。まるで、太陽が地上に降りてきたかのような……」
ルミナは杖を突きながら、ゆっくりと俺の方へ歩み寄ってきた。 鎧の中に閉じ込められ、魔力を完全に封じられているはずの俺の前で、彼女は立ち止まった。
「……ああ。なんと……なんて眩しいのでしょう」
「え、あ、俺ですか? 今、鎧でガチガチなんですけど……」
「いいえ。私には視えます。この分厚い鉄の殻を突き抜けて溢れ出す、剥き出しの……あまりにも純粋で、無防備な魂の輝きが」
彼女はうっとりと頬を染め、俺の(鎧の)胸元にそっと手を触れた。
「他の魔導師様たちは、知識や服で自分を飾り、魔力を隠そうとします。ですが、あなたは違う。あなたは……すべてをさらけ出すことで、神の御力と一体になろうとしているのですね」
「いや、それは女神様が勝手に決めた設定というか……」
「素晴らしい……。これほどまでに『嘘偽りのない姿』を体現されている方に、初めてお会いしました」
ルミナの言葉に、クラリスが絶叫した。
「聖女様! 騙されてはいけません! こいつはただの、脱ぐと強くなるだけの変態です! 今も隙あらば全裸になろうとしている、社会の敵なのです!」
「クラリス様。それは誤解です。隠すことこそが羞恥。さらけ出すことこそが聖なる儀式……。このお方は、いわば『歩く聖域』。その光は、どんな邪悪も寄せ付けないでしょう」
ルミナは盲目ゆえに、俺の「全裸」を「神々しい光」として100%ポジティブに変換して捉えていた。 全肯定である。味方が、最強の味方がついに現れた。
「聞いたかクラリス! 聖女様もこう仰ってるんだ、この鎧を外してくれ!」
「……絶対に嫌だ!! 聖女様が何と言おうと、私の公序良俗がそれを許さん!」
その時だった。
本部の地下――凶悪な魔物が封印されている最深部から、地響きのような唸り声が響き渡った。
「グオォォォォォォン!!」
「なっ、地下の『古龍の残滓』が暴走を!? まさか、ケンイチの魔力に反応したのか!?」
「くっ……! 聖女様、お下がりください! 門番! 全員で地下を封鎖しろ!」
クラリスが剣を抜く。だが、暴走する古龍の魔力波だけで、本部の壁が次々と崩落していく。 ルミナの足元の床が崩れた。
「あ……」
「聖女様!!」
クラリスの叫び。だが、鎧で重くなった俺の方が一歩早かった。 俺はルミナの体を抱きかかえ、崩落から間一髪で逃れた。だが――。
ガキィィィィン!!
衝撃で、俺の鎧のロック機構が一つ、破壊された。 右腕のパーツがパージされ、俺の右腕が「露出」した。
ドォォォォォン!!
「な、なんだこの魔圧は!?」
「右腕……右腕が露出しただけで、私の剣が震えて……!?」
右腕一本分だけの魔力。だがそれは、絶望する衛兵たちの空気を一変させるほど、苛烈で熱い輝きだった。
「……ケンイチ様。あなたのその腕……とても、温かいです」
腕を露出したままルミナを抱く俺。 顔を真っ赤にして剣を構えるクラリス。 そして、それを見て「ニヤリ」と笑うガムリ。
「……クラリスさん。悪いけど、この鎧、もうすぐ保たなくなるぞ」
「だ、だめだ! 脱ぐな! 右腕だけで我慢しろぉぉぉ!!」
俺の異世界生活、第3のヒロインを迎え、事態はさらに「剥き出し」の方向へと加速していく。
(つづく)
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