第2話 鉄壁の騎士と、禁断のクイック・パージ
「おい、そこまでだ変態。……いや、不審者か?」
異世界の街『ヴェスタ』の正門前。 俺――サトウ・ケンイチは、銀髪をポニーテールにまとめた凛々しい女騎士に剣先を突きつけられていた。
彼女の名はクラリス。この街の衛兵隊長であり、後に俺の「露出」を巡って生涯絶叫し続けることになる苦労人である。
「待て待て、クラリス! こいつはウチの『お得意様』候補だ。怪しいもんじゃないぞ」
俺の隣で、ガムリがニヤニヤしながらフォロー(?)を入れる。 現在の俺は、ガムリが道中で貸してくれた「予備の服」を着ていた。しかし、その服はドワーフサイズ。175センチある俺が着ると、ヘソは丸出し、股下はパツパツという、不審者以外の何者でもない姿だった。
「ガムリ、お前の審美眼は信用しているが……この男、魔力が低すぎる。一般人以下ではないか。そんな男を連れて何をするつもりだ?」
クラリスの鋭い眼光が俺を射抜く。 彼女の言う通りだ。厚手の(サイズ違いの)服を着ている今の俺は、魔力計がピクリとも動かないほどの「無能」状態。
「ふん、見てな。こいつの真価は『脱いでから』なんだよ」
「……脱ぐ? 貴公、今なんと言った?」
クラリスの眉間がピクりと跳ねた。空気が凍る。 その時だった。
「報告! 街道に『
門番の叫び声に、クラリスの顔色が即座に変わった。
「なんだと!? 全員、戦闘態勢! 私が出る!」
街の外、数百メートル先。 そこには、巨大な二つの頭を持つ黒狼が、横転した馬車に牙を剥いていた。 クラリスは電光石火の速さで駆けつけ、大剣を振るう。
「はあああぁぁ!」
キンッ! と高い音が響く。 だが、魔狼の毛皮は魔法的な障壁で守られており、クラリスの斬撃を弾き返した。
「くっ、これほどの硬度……! 魔法支援はどうした!?」
「だ、隊長! 障壁が強すぎて、我々の初級魔法では傷一つつけられません!」
後方の魔導兵たちが悲鳴を上げる。 魔狼の口に、どす黒い火球が溜まっていく。至近距離のクラリスに向けられた絶望の砲火。
「しまっ――」
その時、俺の背中をガムリが叩いた。
「おい、ケンイチ。見ろ、あの女騎士が死ぬぞ。助けたいなら……『あれ』、やるしかないな?」
「……やるしかない、のか。ここで、この衆人環視の中で!」
「安心しな。この『試作一号』なら、一瞬で終わる」
ガムリが俺に手渡したのは、一本の紐が繋がった妙なベルトだった。 俺は覚悟を決めた。女神様、俺を恨まないでくれ。俺は世界を救うために、尊厳を捨てる!
「クラリスさん、伏せろぉぉぉぉ!!」
俺は叫びながら、全力で走り出した。 クラリスが驚愕の表情で振り返る。
「貴公!? 何を――」
「【
俺がベルトの紐を引いた瞬間。 ガムリ特製の『クイック・パージ・システム』が作動した。 パァン! という景気のいい音と共に、俺の着ていたサイズ違いの服が四方八方に弾け飛ぶ。
その瞬間、世界が震えた。
俺の皮膚が外気に触れた刹那、毛穴という毛穴から黄金の魔力が爆発的に噴出する。 「賢者」のスキルが、俺の全細胞を魔力回路へと変貌させたのだ。
「な、ななな……なあああああぁぁぁぁぁ!!?」
クラリスの絶叫。 だが、俺は構わず右手を突き出した。全裸で。
「消えろ! 【
放たれたのは、太陽の欠片だった。 一帯を白光が包み込み、障壁ごと魔狼を「存在しなかったこと」にする。 爆風が収まった後、そこには直径十メートルのクレーターと、ススだらけで呆然とするクラリス、そして――。
堂々と、一糸まとわぬ姿で仁王立ちする俺がいた。
「……ふぅ。いい風だ」
「………………変態だあああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
クラリスの悲鳴が、青空に虚しく響き渡った。
数分後。 魔狼を倒した英雄であるはずの俺は、魔法を封印する枷を嵌められ、クラリスのマントにグルグル巻きにされて引きずられていた。
「いいか、貴公。次に私の前で指一本でも服にかけたら、その指を叩き切るからな!」
「いや、だから、あれは魔法の制約で……」
「黙れ! 破廉恥! 公然わいせつ! 賢者の名を汚す歩く生殖器め!」
ボロクソである。 横ではガムリが「カカカ! いい魔力だったぜ。次は『透ける魔法衣』でも作ってやるか」と不穏なことを呟いている。
こうして、俺の異世界伝説(という名の余罪リスト)は、一歩ずつ着実に積み上げられていくのであった。
(つづく)
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