30歳童貞、風呂場で滑って死んだら「全裸賢者」として転生した~脱げば脱ぐほど魔力が溢れて困る~
蜷川
第1話 魂の正装は「全裸」
「あ……これ、死んだわ」
それが、佐藤健一(30歳・独身・童貞)の最期の言葉だった。 30歳の誕生日。自分へのご褒美に少し高い入浴剤を入れ、湯船で「魔法使い(30歳まで純潔を守った者の称号)」になれたことを自嘲していたその時。 石鹸に足を滑らせ、後頭部を浴槽の縁に強打した。
意識が遠のく中、最後に視界に入ったのは、湿気で曇った鏡に映る、情けないほど真っ裸な自分の姿だった。
次に目が覚めた時、俺は真っ白な空間にいた。 目の前には、どこか呆れたような顔をした美しい女神が立っている。
『佐藤健一さん。あなたの死因は……その、お気の毒でした。ですが、安心してください。あなたは異世界へ転生する権利を得ました』
「異世界……! マジですか!?」
ネット小説で読み漁った展開に、俺の心は躍った。 女神は手元のリストを見ながら、事務的に告げる。
『あなたの転生特典ですが、生前の徳……特に「30年間純潔を守り抜いたこと」を高く評価し、ジョブ【賢者】を授けます』
「マジか! 本当に魔法使い、いや賢者になれるのか!」
『はい。ただし……あなたの魂には「死の間際の執着」が強く刻まれてしまいました。あなたは裸で生まれ、裸で死んだ。その結果、あなたの魔力は特殊な制約を受けます』
「制約?」
『ギフト名【
「……はい?」
聞き返そうとした瞬間、俺の足元が光に包まれた。 最後に聞こえた女神の声は、少しだけ笑っていた気がする。
『いってらっしゃい。30年モノの魔力、存分に解き放ってくださいね?』
気づけば、俺は見知らぬ森の中に立っていた。 体には、申し訳程度の麻のシャツとズボン。そして手には古びた杖。
「……本当に転生しちまった」
試しに近くの岩に向かって、初級魔法の【ライトニングボルト】を放ってみる。
パチッ。
「……弱っ。静電気かよ」
やはり服を着ている状態では、魔力は雀の涙ほどのようだ。 と、その時。
「グギャギャギャ!」
草むらから、3匹のゴブリンが飛び出してきた。 ニヤニヤと下品な笑みを浮かべ、錆びたナイフを構えている。
「うわっ、出た! ……くらえ! 【ファイアボール】!」
ボフッ。 杖の先から出たのは、ライターの火ほどの小さな火種だった。 ゴブリンたちは一瞬キョトンとした後、さらに激しく笑い転げ、俺に襲いかかってきた。
「ひぃっ、くるな! くるなよ!」
もみ合いになり、ゴブリンの爪が俺の麻のシャツを引き裂いた。
ビリッ!
その瞬間だった。 俺の体から、黄金色の魔力がブワリと噴き出した。
「な、なんだ……!? 体が熱い……!」
シャツが破け、胸板が露出しただけだ。 なのに、脳内に溢れる魔力は先ほどの比ではない。 俺は本能的に、もう一度魔法を唱えた。
「【ファイアボール】!!」
ドォォォォォォン!!
放たれたのは、火球などではない。もはや熱線だった。 ゴブリンたちは叫ぶ暇もなく蒸発し、背後の森が数十メートルにわたって消し飛んだ。
「…………え?」
静まり返った森の中で、俺は呆然と立ち尽くした。 シャツはボロボロで、上半身の半分が露出している。
「嘘だろ……。シャツ一枚脱げかけただけで、この威力かよ……」
「……おい。そこの、えげつない魔力をぶっ放した変態」
背後から、幼い、だがドスの利いた声が聞こえた。 振り返ると、そこには大きな金槌を担いだ、身長の低い少女がいた。 赤い髪をツインテールにまとめ、ゴーグルを頭に乗せている。
「お前、いい魔力してんじゃねえか。……が、格好が最低だな。服が欲しいか? それとも、もっと脱ぎやすい『武装』が欲しいか?」
「……誰、ですか?」
「ウチか? ウチはガムリ。見ての通り、世界一のドワーフ技師だ」
彼女はニヤリと笑い、俺の剥き出しの胸板を品定めするように見た。
「お前のその魔力の波……。服が邪魔だって悲鳴を上げてるぜ。安心しな。ウチが『一瞬で全裸になれる最強の鎧』を作ってやるからよ」
こうして、俺の異世界生活は、尊厳と引き換えの最強伝説として幕を開けたのだった。
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