2話

その日、俺の席に女子が座っていた。


「ねえ、手作り弁当って本当?」


 名前は宮原。

 クラスでも目立つタイプで、明るくて、距離感が近い。


「え、まあ……」


「すごーい! 今どき男子で? 料理できるのポイント高くない?」


 正直、困った。

 悪い人じゃない。でも注目されるのは苦手だ。


 その時だった。


 ――ガタン。


 椅子が乱暴に引かれる音。

 空気が一気に冷える。


「……何してる」


 黒瀬だった。


 宮原は一瞬だけ固まって、それから愛想笑いを浮かべる。


「え? ちょっと話してただけだけど?」


「どいて」


 短い。

 低い。

 そして、有無を言わせない声。


「黒瀬、言い方――」


「どいて」


 同じ言葉なのに、二回目は完全に脅しだった。


 宮原はさすがに察したらしく、肩をすくめて立ち上がる。


「はいはい。怖い怖い」


 そう言い残して去っていった。


 周囲がざわつく。

 俺は心臓の音がうるさすぎて、何も言えなかった。


 黒瀬は俺の隣の席に座る。


「……さっきの」


「え?」


「弁当」


「あ、あるけど」


「見せろ」


 弁当箱を開けると、黒瀬は中を一瞥して――

 なぜか、眉をひそめた。


「……誰に作った」


「俺だけど?」


「違う」


 唐揚げを一つ、乱暴につまむ。


「さっきの女」


「え? 違う違う、あの人にあげるとかじゃ――」


 言い切る前に、黒瀬が唐揚げを口に放り込んだ。


 もぐ、もぐ。


「……ならいい」


「何が」


「近づくな」


「は?」


 黒瀬は俺を見る。

 睨んでいるようで、でも――どこか不安そうな目。


「お前は」


 一瞬、言葉を探す間があって。


「……弁当作ってる時だけでいいから、俺のこと考えてろ」


 ――は?


 思考が止まる。


「黒瀬、それどういう――」


「もういい」


 そう言って、弁当箱を閉じる。


「明日も」


 立ち上がりざま、低く言う。


「頼むから、他のやつに見せるな」


 去っていく背中。

 残された俺。

 周囲は静まり返っている。


 女子が一人話しかけただけで、

 こんな反応、普通じゃない。


 なのに。


 ――明日は、弁当箱を二段にしよう。


 そう考えてしまう自分が、一番おかしい気がした。

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クラスで一番怖い不良が俺の弁当を楽しみにしている 山椒王尾 @mumubb

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