『戦闘描写サンプル集(異世界編)』

希和(まれかず)

『【習作/旧構想】盗賊戦フルバージョン』

 

※本作は制作途中で没となった戦闘シーンを

短編として再構成した作品です。



 嘘の敵襲の声を上げてから、首尾よく二人を殺すことができた。これで残すは、あと一人だけだ。

 理想としてた各個撃破ができるとは思ってもいなかったんだが、まさか本当に一人ずつ現れるんだもんなあ。


 一人目は無手。予備の武器はなかったようだ。

 どたどたと一人分の足音が近づいてくるのが聞こえて、だから俺は入口横で矢をつがえて待った。奇襲で先手を取れれば儲けもの、という気持ちで。

 やつは外に出てくるや否や、転がる死体を見て驚き、それが矢傷によるものだと分かると「裏切ったなぁ」と大声を上げた。こちらに気づかず、ずっと棒立ちのままで。

 まさかの好機チャンス到来。

 こめかみを撃って、即座に死体やつらの仲間入りをしてもらった。いや、だって、狙いやすかったんだよ。

 日本で弓なんか触ったこともなかったが、ほぼ接射のような距離なら外すことはない。あっけなく一人目が片付いて、その肩すかしっぷりに俺が驚いたぐらいだ。


 もう一人は直刀使い。こいつは少し苦戦した。

 前回があまりにもうまく行ったので同様に弓による奇襲を選んだ。

 だが奴は入り口横で張り込む俺の存在に気づいていたらしい。「不意打ちとは卑怯な!」と声を上げ襲い掛かってくる。

 身体能力勝負になる、こりゃやばいと俺は逃げの一手。苦し紛れで逃げながら撃った矢は期待むなしく明後日の方向に飛んでいく。

 二の矢がないと踏んだやつは、距離を詰めることを優先したらしい。

 だから走るスピードが上がった瞬間、目をつぶして視界を奪ってやった。別に目に指を突っ込んだわけじゃない。慣性付きの砂をぶつけただけだ。刃物持ちの前に腕なんか晒せるか。俺はもう隻腕に戻りたくない。

 目を押さえ、ついでにぺっぺして足を止める直刀使いは、「卑怯だぞ!? 正々堂々と勝負しろっ!」と刀をやみくもに振り回す。いや、正々堂々ってお前、盗賊じゃん? 盗賊に言われてもなぁ。

 だから俺は返事の代わりに鬼札を切った。奴らが利用していた小屋だ。それを頭上から落とした。最高高度、10メートルの高さから。

 目が開くようになって気づいたときにはもう遅い。迫りくる質量の暴力に勝てるはずもなく、衝撃音と断末魔、それに大量の砂ぼこりを残して。

 直刀使いは愛用の刀とともに無限収納に収まった。

 もちろん、小屋の残骸もすべて収納済だ。飛び散った破片とか集めるのが面倒だったが、これは俺の鬼札であるからして。


 これで、五人が片付いた。無限収納の中に二つ、洞穴の外には三つの死体。

 残すは、手斧使いのみになった。

 矢が刺さった死体を見て、弓使いが裏切ったとか思ってくれたら楽なんだがな。

 そうそう、うれしい誤算は個別撃破のほかにもう一つあった。俺もスキルを手に入れたのだ。

 直刀使いはコトハと同じ<気配察知>のスキル持ちだった。やつを殺したことで俺もスキルが使えるようになった。

 目つぶしを食らっても切っ先はこっちを向いてたし、弓の奇襲がばれてたのもスキルのせいだったというわけ。

 <気配察知>は、いわゆるパッシブスキル。使用者の意思にかかわらず自動で発動するタイプのスキルみたいで。

 だから、まさに今。手斧の男がのそりのそりと洞穴の出入口まで近づいてきているのが、俺には手に取るように分かっていた。


 ⋯⋯さすがに待たせすぎだろ。何回戦、戦ってたのよ? まあいいか、一撃で終わらせる。コイツを殺して、盗賊退治もおしまいだ。

 対象が出てくるまであと十歩の距離。俺が奇襲に選んだ得物は直刀だった。ナタをそのまま伸ばしたような、ただ切っ先は細く、鋭い。

 叩き切るよりも突くことに重きを置いたそれ。だからその利点を活かすため、振りかぶることはせずに刃を寝かせたまま腰だめの位置で構えて待った。



 奇襲可能な位置まであと数歩の距離に来て、


「おーおー、派手に殺してくれちまって。また仲間を集めなきゃならねえじゃねえか」


 ぼりぼりと体をかく音。どこかのんびりとした声。仲間が殺されているというのに緊迫感がまったく感じられない。

 まあ、いいさ。

 声が聞こえた高さから、相手の背丈と狙うべき心臓の位置を修正する。肋骨までを幻視して、その隙間に滑り込むように、心臓まで刃が届くように寝かせている刃の角度も整えて。

 そのまま油断して死ね。

 歩き出して。ほら、今だ。鼻先が見えた瞬間。俺は下半身のばねを。縮めた筋肉を一気に爆発させた──後ろへ飛ぶために。とてつもなく、嫌な予感がしたから。


「奇襲なんてせこい真似すんなよ? ちょっと話そうじゃねえか」


 ぎょろりとした目。ヤツと目があった。

 伸ばしたままの髪を後ろに流したひげ面の男。こいつが手斧使い。手斧の男。


「ついてこい。こっちで話そうや」


 男は散歩にでも誘うように、のそりのそりと進んでいく。腰に手斧をぶら下げて。

 俺はその無防備な背中を見て、一定の距離を保ったままその後ろ姿を追う。

 いま仕掛けたら、死ぬのは間違いなく俺だ。

 と同じ感覚。圧倒的な死の感覚を前に、相手の提案に従うことにした。


 男は転がった死体の様子を観察している。足で転がしたり、しゃがんで少しだけ持ち上げ、その下をのぞき込んだりして。


「⋯⋯お前も<気配察知>スキル持ちなのか?」


 俺は疑問を解消することにした。なんでもいいから、とっかかりがほしかった。もしスキル持ちであれば、奇襲を読み切られていた理由になる。仕掛けるにしても相手のスキルを考慮したうえでなければならない。


「んなもん、持っちゃいねぇよ。勘だよ、かーん」


 そう、あっけらかんと手斧の男。

 「うは、こっちもひでえな。一発じゃねえか、弱すぎだろ」と、こめかみに矢が刺さった死体につぶやいて、


「こうやって殺し殺されやってるとな、なんか悪い予感がしてくるのよな。まあ、オレは殺されてねぇけどよ」


 ガハハと笑いながら立ち上がる。その巨体がさっきよりもさらに大きく見えた。


 悪い予感⋯⋯俺と同じか。

 異世界が攻めてきた日、俺は死に物狂いで生き延びようとして、殺されないように逃げ回った。

 生き残ろうとした結果なのか、第六感的な感覚が鋭くなった気がする。ふいに嫌な気がするようになった。

 二股になった丁字路、三方に伸びた十字路。多方に分かれた交差点。ときに来た道を引き返すこともあった。逃げるだけ逃げて、隠れて、また逃げて⋯⋯。

 いつしか相手がどこを狙っているかがなんとなく分かるようになっていた。

 ぎりぎりの生を常に拾い続け、その直感にしたがって生き抜いて、そして、ようやく殺せるようになって。だから今、俺はここにいる。アマテラスのラスト・ワンとして。

 ⋯⋯なるほど、やりにくいわけだ。こいつ、俺と似たタイプかよ。


「さっそくだがよ。坊主、お前、オレの仲間になれ」


「⋯⋯は? 俺は仲間を殺した敵だぞ。何を言ってるんだ」


「今回のことは水に流してやる、て言ってるんだ。それくらい察しろよ」


 こちらを見やるぎょろ目。目は口ほどにものをいう。


「別にこいつらのことはそこまで惜しいと思ってねぇよ。⋯⋯まあ、カシムは惜しかったが。それよりもお前だ」


「俺?」


「お前、ポーターのユニークスキル持ちだろ? それに俺の仲間を同士打ちさせたも持ってる。俺は、お前のそのスキルがほしいのよ」


 ポーターにユニークスキル。その言葉の意味なら分かる。

 ポーターは荷運び人だ。冒険者パーティーの荷物を一元管理して、無限収納の廉価版のスキルを持っていることが多い。ユニークは単一、唯一という意味で、そこから転じて世界で一人しか持っていないスキルを指す言葉。

 これは日本でのファンタジー系コンテンツでの意味だったりするわけだが、世界が変わってもそこまで違いはないだろう。


「小屋を壊すだけなら俺にもできる。だがぶっ壊された痕跡がねぇ。ならポーターのユニークスキルだろ。ポーターには収納と搬出ってスキルがあるんだが⋯⋯収納には制限があってな。小屋みてえな大きな物は入らないんだよ」


 それはまるで、できの悪い後輩に勉強を教える先輩のようで。だから俺は無言のままで先を促す。

 コトハならこの辺の一般常識的な知識は知っているんだろうが、俺にこの世界の知識はない。

 殺すにしても、もらえるものはもらっておこう。

 どうやら【見敵、必要なものをいただいて、それから必殺】が俺たちのコンセプトみたいだし。


「ユニークってんならそれだけじゃねぇ、収納量もそれなりに多いはずだ。そうなんだろ? なんたって世界に一つのスキルだからな。そして、同士討ちのスキル⋯⋯この二つがありゃ、やれるはずだ」


 口元がにやりと笑って、その目に、その表情に少しばかりの狂気を感じて。

 だから興味本位で聞いてみる。


「どうして同士討ちだと思ったんだ? 弓使いが裏切ったかもしれないだろ」


 まあ、その線はないよな。どうやら弓使いはそこそこ信頼されていたみたいだ。この男に裏切りはないと確信させるくらいには。

 俺の予測は正しかったようで、すぐさま裏切りはないと否定された。


「こめかみの矢。これはカシムじゃねえ。カシムは自分の技術に自信をもってたからな。殺すなら一撃で眉間を射る」


 とんとんと額を指で突いて。なるほど、俺にヘッショかましたのは自信の表れってことか。

 まあ、おかげで楽ができたし、とくに思うところはないな。


「でも、こっちは間違いなくカシムだ。額を一撃。これが致命傷。ほかに傷がねえしな。カシムの裏切りはない。それは断言できる。となると、お前さんがやった。そうだろ?」


「正解だよ。どうやったかは教えられないけどな」


「まてまて、オレに当てさせろ。精神系は⋯⋯ないな。そうならこの場にカシムがいるはずだ。手ごまは残しておきたいはず。数の優位は戦場での生命線になる⋯⋯」


 ぶつぶつと



もう少し情報がほしかったんだがな


殺せてませんよ。見た目以上に硬いですね。⋯⋯先輩、武器にナイフはないですか? あるならください


 あれで死んでないのかよ⋯⋯。

 驚いてあちらを見れば、たしかに首の辺りを押さえながら立ち上がる男の姿が見えた。

 あ、<気配察知>に反応がある。便利だな、これ。相手が死んでるかの判断にも使えるのか。


 俺は無限収納からナイフを取り出し、コトハに手ずから渡す。直接コトハの手の中に出現させることもできるが、あいつにこれ以上情報を渡してやることもないだろう。


粗悪品ですね。短くて、細くて、耐久力もない。カスですね、カス


 渡したナイフを見るや否やひどい言われようである。別にそういう意味じゃないんだろうけど、なんか我が事を言われているようでイタタマレナイ⋯⋯


先輩、そろそろいかないと街に着くのが夜になるので。ここからは二人でやりましょう





最悪、撤退も視野に入れておきましょう。武器を揃えて、それから殺します。


おいおい、逃がすわけないだろ? お前らは俺の仲間になるんだからよ




 おう、嬢ちゃんも出て来いよ。お前さんも勧誘してるんだぜ? いるんだろ


 お前ら、仲良さそうだったじゃねえか


 嬢ちゃんは面がいい。今まで生きてきて、お前さんほどの上玉は見た覚えがないよ。


 お前さんが街までいって、ぶくぶく肥え太った商人どもをこっちに引きづり出してくれればいい。その分、いい生活させてやるぜ?

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『戦闘描写サンプル集(異世界編)』 希和(まれかず) @charjya

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