17
多田いづみ
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買い物を終えて、下りのエスカレーターに乗った。
わたしがこのデパートをよく利用するのは、地下鉄への連絡口があるからだ。面倒がないし、なにより今日みたいな雨の日でも濡れずに済むのは大きい。
エスカレーターはわりと混んでいた。わたしの前には母娘連れ、その前にはベージュのコートを着た白髪交じりの男性。男性の頭頂はすこし薄かった。
エスカレーターはゆっくりとわたしたちを下へ運んでゆく。
母娘連れの娘の方はまだ幼い。水色のカッパを着て、ピカピカの黄色いゴム長靴を履いている。エスカレーターに乗るときや降りるとき、いきおいをつけてジャンプするのが可愛らしい。大人には何でもないことでも、幼児にとってはそれなりの冒険なのだ。娘はときどき、いきおい余って転びそうになるけれど、母親がしっかりと娘の手をつかんでいるのでなんとか転倒は免れている。わたしはハラハラしながら、後ろでそれを見守った。
母娘連れは目的の階に着いたらしく、エスカレーターを離れていった。ベージュのコートの男性は、わたしが親子に気を取られているあいだに降りたらしかった。
気づくと、わたしの前には誰もいない。はて、ここは何階だろう? わからないが、しかし地下鉄の連絡口はデパートの最下階にあるから、エスカレーターが終わるところまで乗っていればいいのだ。
わたしは何層かのエスカレーターを乗り継いで、ようやく最下階にたどりついた。
エスカレーターを降りたところの床に、『17』と書かれている。
じゅうなな? 何が17だというのだろう。階数だろうか。地下17階? まさか。核シェルターだってそこまで深くはない。しかしそれ以外に何の表示もなかった。
フロアはがらんとしていた。さまざまな店舗、とりどりの商品、人びとのにぎわい、そうしたものは何ひとつなかった。荷物を運ぶための大きなカートと段ボールの空き箱がいくつか、無造作にうち捨てられているだけだった。ひろびろとした無人の空間に、しらじらとした照明が、やけに明るくかがやいている。辺りを確かめながら歩いてゆくと、足音がすこし遅れて返ってきた。
何なんだろう、ここは。もしかすると、知らないうちにバックヤードに入り込んでしまったのかもしれない。これといって倉庫らしきものは見当たらないけれど、段ボールやカートなどの痕跡はある。どこかに荷物を移し終えたばかりなのかもしれない。
売り場のフロアへ戻ろうと、下りエスカレーターの反対側に回った。しかし、上りのエスカレーターは見当たらなかった。下りを逆走すれば上がれなくはないが、疲れているし、できればしたくない。
わたしは階段とかエレベーターとか、代わりの手段をさがした。が、その必要はなかった。地下鉄への連絡口を見つけたのだ。
自動改札機を通って、わたしは駅の構内に入った。
ホームには誰もいなかった。元から混雑する路線ではないが、こんなことはめずらしい。列車を待ったが、なかなか来なかった。案内表示板は真っ黒なままで、次の列車がいつ来るのかもわからない。
もしかすると、事故か何かで不通になっているのだろうか。
駅は締め切られて、人がいないのもそのせいかもしれない。連絡口を利用する人は少ないから、そこだけ締め切るのを忘れていたとしても不思議ではない。
いつからいたのかわからないが、ホームに駅員らしき制服を着た人が立っていた。声をかけると、駅員は不意をつかれたような顔をして、「お客さん、どうやって入ってきたんです?」と逆にわたしに問い返した。わたしがデパートの連絡口から来たのだということを説明すると、駅員は謎が解けたような笑顔になって「そうでしたか。列車はすぐに参ります」と一礼し、向こうに行ってしまった。
駅員の言ったとおり、列車はまもなくやってきた。音もなく、流れるようにホームに滑り込んできた。
案内板は黒いままで、アナウンスもなかったが、それはまあどうでもいい。そうしたことは駅の問題なのだから。
ドアが開くと、誰も降りてこなかったので、わたしはおもむろに車内に乗り込んだ。すこし首を傾げながら――。
17 多田いづみ @tadaidumi
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