後編 半熟の卵

 森の中をついていくと、一本の樹の下で、シオンの足が止まった。

「この上……」

 シオンは樹に手を触れ、見上げてから、オレを振り返った。

「カイト、肩をかりたい。それと、ワタシの帽子と荷物を頼む」

 青いとんがり帽子と魔法の袋を置いて、身軽になったシオンは、オレの肩に乗って最初の枝をつかむと、スルスルと登っていく。


「お〜い、気をつけろよ」

 シオンが近づいた枝には鳥の巣があるらしい。黒い大きな親鳥がギャアギャアと騒いで飛びまわりながら、シオンをつついているのが、枝越しに下から見える。


「あった!」

 シオンの声が聞こえて、オレはホッとした。

 鳥の攻撃をなんとか振り払いながら、シオンが降りてくる。


 あと少しというとき、脚をのせた枝がバキッと音をたてた……!


「わっ!!」

「おいっ!!」


 落ちてきたシオンを受けとめようとして、受けとめきれず、オレ達は木の根元に倒れこんだ。

 積もった落ち葉の山があったのが、幸いだった。


「……いてて。シオンは大丈夫か。お前さん、ちっこいのに意外と重いな」

「ちっこい、と言うな。レディになんて、失礼だ」

 ぷぅと頬をふくらませて、オレの上からどきながら、シオンは手を差し出した。

「でも、おかげで助かった。指輪が見つかった。あの鳥は、きっとキラキラする物が好きなのだろうな」

 オレは立ち上がりながら、シオンの小さな手を握った。

「良かったな」

「ウン」

 小枝や枯れ葉を髪にたくさんつけたまま、シオンは嬉しそうだった。


 ◇


「ああ、ああ……ありがとう! シオンちゃん!!」

 よろず屋に戻って、指輪を渡すと、サキはシオンをギュッと抱きしめた。

「母さんの形見の指輪なんだよ! 見つかって、良かったぁ〜」

 抱きしめられたまま、なかなか離してもらえないシオンは戸惑い、困ったような恥ずかしそうな、そして……少し誇らしそうな、何とも複雑な表情をしていた。


 ◇


 オレが小屋で道具の手入れをしていると、ようやく解放されたらしく、シオンが戻ってきた。


「これ……もらった。コッケイの卵」

 紙袋の中身は、産みたてのまだ温かい卵。

「お師匠様と暮らしているとき、ワタシもコッケイを飼ってた」

 コッケイはフワフワの白い羽毛を持つころんとした丸い鳥だ。たくさん卵を産む。

「ワタシが卵を温めてかえした雛は、ワタシの後をついて歩いてた。育ったコッケイが、毎朝、産んでくれた卵を集めるのは楽しみだった」


 シオンは卵をひとつ手に取って、見つめた。

「ワタシは、雛になる卵も、雛にはならない卵も好きだ。どんな卵にもワクワクが詰まっている」

 ふぅとため息をつくシオン。

「でも……ワタシ自身は未熟な卵だ」

「シオンは未熟というより、くらいじゃねぇのか。シオンにはたくさんの時間がある。急いで完熟を目指さなくてもいいだろうよ」

 シオンはニッコリとした。

「ワタシは、卵は半熟がいちばん好きだ」


 ◇◇◇


「シオン! そろそろ起きろよ。おい、起きろ!」


 ゆさゆさと揺さぶるが、シオンは何やらムニャムニャ呟くと、さらに深く寝袋の中にもぐりこもうとする。


 シオンは、寝相だけでなく、寝起きも悪い。


「あー、わかった。それじゃ、もらった卵はオレがひとりで食べるからな」

「ワタシも食べるっ!! 目玉焼きで!」

 シオンは飛び起きた。

「焼き加減はどうする?」

「半熟でよろし!」


 オレは朝メシの支度に取りかかる。


 そして、オレの旅はもう少し続きそうだ。


 *** 終わり***


 

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雛にならない卵でも 🌸春渡夏歩🐾 @harutonaho

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