雛にならない卵でも

🌸春渡夏歩🐾

前編 修行は続く 

 オレは機械屋のカイト。機械を修理しながら、旅をしている。

 この小さな村には宿屋がなかった。


 寒い季節に野宿は辛いから、家畜小屋の片隅であっても、借りてひと晩を過ごせるのはありがたい。きれいな敷き藁の上で、寝袋に入ったシオンは、もう寝息をたてている。山羊ヤギコッケイたちの体温で、小屋の中は寒くない。


 …… 次の郷まで、というつもりだったんだが。


 ひょんなことから旅を共にすることになったエルフのシオン。かれこれ、もうひと月程は一緒にいる。

 オレが買ってやった寝袋の代金を返すまでは、と言い張っているが、払ってもらえるのはいつになることやら。オレはシオンにあげた気でいたが、彼女は耳をかさない。


 修行のために旅をしている彼女は、つまり、手持ちのお金がほとんど無かった。

 それだけでなく、子供みたいな姿なので、これまでもひとりで宿に泊まるのは難しかっただろう。


 シオンが何歳いくつなのかはわからない(前に聞いたら、レディに歳を尋ねるのは失礼だと怒られた)。

 どう考えても、オレよりずっと長く生きているのは確か。千年は生きるというエルフから見れば、若造に過ぎないオレが面倒みるのもどうかと思う……。


 ◇


 翌日、細々した幾つかの修理依頼を終えたオレは、シオンの様子を見にきた。


 村に一軒だけある店は、なんでも売ってるよろず屋だ。店先を借りて、小さな卓に座っているシオンは、暇そうにしている。

『占い、承ります』

 彼女が自分で作った垂れ布は、文字が少し曲がっている。


 オレが作った折りたたみ卓と椅子のセットを渡したとき、シオンはたいそう喜んだ。何度もひろげたり、畳んだり、座ってみたり……そして、いつも背負って持ち歩いている袋の口を広げて、大事そうにしまいこもうとした。


「ちょっと……! おい、それは無理だろ」

「問題ないゾ」

 シオンの言う通り、卓と椅子は次の瞬間、シュッと袋の中に吸い込まれていた。

「あれ? ウソだろ……」

「これは『魔法の袋』。旅に出るとき、お師匠様がくれたのだ。何でも入る。便利だ」

 難点は、取り出したい物を探すのが大変なこと、らしい。



 シオンの鼻先をブ〜ンと羽虫が通り過ぎて、彼女は小さくアクビをした。

「お〜い、シオン! ひと休みしないか」

「…… ワタシはずっと休んでる」

「ほら、これやるよ」

 ぷぅと頬をふくらませかけたシオンに、村人からもらった素朴な焼き菓子を渡したら、機嫌がすぐに直った。

 わかりやすいヤツだ。


 もぐもぐと食べているシオンの前に座る。

 今日は風もなく、穏やかな小春日和だ。見上げる冬の空は、空気が澄んでいる。

「そこに座ると、営業妨害だ」

「誰も客はいないだろ」

「まあ、そうだな……」

 シオンはシュンとうつむいた。

 …… あれ、また元気がなくなったか。


 オレには気になってたことがある。

「なあ、シオン。御礼おれいはちゃんと受け取った方がいいぞ」

「ワタシは修行中なのだ。おカネは受け取れない」

 そういうところは、真面目で頑固モノなんだな。

「相手の感謝の気持ちを受け取るのも、大切なんじゃねぇのか。責任持ってやったことへの対価だろ。オレは納得しないタダ働きで、自分を安売りしたりはしないぞ」

「そういう考えも……あるのか」


 そのとき、よろず屋のサキが慌てた様子で店先に出てきた。

「ああ、シオンちゃん! あたしの大事な指輪が見当たらなくて……。アンタの占いじゃ、失せ物探しはできるかい?」

 シオンは真面目な顔をして、フンッと胸を張った。

「もちろん。まかせるがよろし」


 ◇


 シオンの占いをみるのは、はじめてだった。


 サキの掌に自分の手を重ねると、反対の手で胸に下げている水晶のペンダントを握り、目を閉じて、何やら呟いている。フワッと一瞬、シオンの帽子と髪が浮き上がる。

 魔術士の素質が全くないオレにさえも感じられるほどの、シオンの周りを取り囲む、気の流れのような何かの気配。


「……見つけた」

 シオンは目を開けた。


 シオンは、村の外、森の方角へと足を向けた。

 迷いのない足取りだった。

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