サンタにお歳暮もらったクリスマス
ぴよぴよ
第1話 サンタにお歳暮もらったクリスマス
皆さんはいつまでサンタを信じていただろうか。私は母の巧妙な作り話のせいで、
小学校三年生くらいまで、ゴリゴリにサンタを信じていた。
魔法の存在や、ソリの仕組み、母からベラベラと嘘を吹き込まれ、まんまとファンタジーな子供になっていた。
昔、学校の友達にサンタの飛行ルートを堂々と語ってしまったものだ。とんでもない嘘つきである。
今年のクリスマスは、子供向けシャンメリーをラッパ飲みしながら、一人寂しく過ごした。大人になると、プレゼントはもらえないし、恋人がいないと寂しいクリスマスになってしまう。
シャンメリーを飲みながら、過ごしてきたクリスマスをぼんやり思い出していた。
幼稚園の頃。確か当時は五歳だ。我が家ではクリスマスパーティーが行われていた。
一人っ子の私のために、クリスマスツリーが用意され、美味しいケーキも置いてある。
幼稚園生なんて大人に騙されまくる年代だ。もう何でも信じる。今年も偶蹄類に乗った好々爺が街にやってくる。私は窓の外を見ながら、ウキウキだった。
母に「サンタは煙突からくるけど、うちには煙突がないよ。どうしよう」と言うと、
「それは外国の話だよ。その国ごとに家の入り方が違うんだ。日本は玄関か窓からくるよ」と当たり前のように言われた。さすが母。口から出まかせの達人である。子供のふとした疑問にも、すかさず嘘を教えていく。
クリスマスの日を迎えるまで、大変な苦労を重ねてきた。きっとサンタは私の苦労を労ってくれるに違いない。
「いい子にしないと、サンタが来ないぞ」と脅され、勉強やお手伝いをさせられまくった。クリスマスにサンタが来ないなんて一大事だ。何としても迎え入れなくては。
「サンタに手紙を書きなさい。フィンランド語で」と母に言われた時は絶望した。
当時、日本以外の国はみんな英語を喋るものだと思っていたから、衝撃だった。
簡単に絶望顔を披露する私に、母が慌てて「英語でも通じるから英語で書きなさい」と言った。今思うと意地が悪すぎる。
英語なら、少しだけ幼稚園で習っている。私は辿々しい英語で、プレゼントを要求の手紙を書いた。家族はクリスマスを教育に利用したかったのだろう。
私は家族の策略にハマり、手伝いや勉強を続けた。
そんなこんなでやっと迎えられたクリスマスなのだ。サンタさんには、お菓子をたくさん頼んでいた。お菓子食べ放題の夢が叶うのだ。安い子供だろう。しかし幼稚園生の欲なんてこんなものである。
パーティーを楽しんでしばらくして、母が電気を消した。
そして「見て!サンタがいるよ、トナカイが空から降りてきてる!」と外を指差した。
「おお、本当だ。本当だ」父も便乗して、外を見る。
私も見たが、当然トナカイなどいない。
おい、おい。この人たち大丈夫か。流石の夢見る幼稚園児でも、見えないものは見ようとできない。みんな集団幻覚を見ている。家族が狂い出したことに、恐怖を覚えた。
しかしここで見えると言わないと、みんなに悪い。
「わあ、トナカイだ!サンタさんだ!」私はわざと大声を出してはしゃいで見せた。
幼稚園生に気を使わせるな。自分を俯瞰して見ると虚しくなってくる。気の狂った家族のはしゃぎ声が、会場にこだました。
何やってるんだろう・・と私は少し冷めたが、次の瞬間大声で叫んだ。
「わあ、サンタさんだ!サンタさんが来てくれたよ!」
赤い服を着たサンタさんがベランダから登場した。手にはベルを持っている。鈴というよりカウベルだったが、そこには目を瞑ろう。
それはサンタに扮した祖母だった。あとで聞いた話だが、どうしてもサンタをやりたいと言い張って、誰にも譲らなかったそうな。サンタが爺さんであることは結構重要事項な気もするが、あまりにやりたがるので、誰にも止められなかったらしい。
(なんかおばあちゃんみたいなサンタだな・・)と私は思った。顔は髭で隠されているが、耳のところが祖母にそっくりだ。
「サンタさんよ!!良かったね!!プレゼントくれるってよ!」
母はまずいと思ったのか、いつもより倍のテンションで、騒ぎ出した。
母がそう言うのなら、サンタさんなのだろう。サンタが婆さんでもいいじゃないか。
私は「ハロー、ナイストゥミートユー。ミスターサンタクロース」とカタコトの英語で挨拶をした。
英語のわからない祖母は硬直していたが、大きな袋からプレゼントを取り出して、私に渡してきた。
大きな靴下に入ったお菓子セットだ。やった!これでお菓子食べ放題ができる!
「サンキュー!」私は大喜びで受け取った。
婆サンタは、次々とプレゼントを私に渡していった。合計十個ほどプレゼントが積み上げられる。いい子にしていて本当によかった。サンタは見ていてくれていた。
「グッバイ!」
サンタは再びカウベルを鳴らしながら、ベランダに消えた。もちろんトナカイがスタンバイしていることなどなく、サンタは普通に退散した。
「ほら、サンタがソリに乗って帰っていくよ!見てごらん!!」
母が空を指差すが、曇り空が広がるばかりで何も見えない。
「うわあ、本当だ!」私はまた幻覚が見えるふりをした。異常者にも程がある。
一連の仕事を終えた祖母が、衣装を脱ぎ捨てて会場に帰ってきた。
「え?!サンタさんが来てたの?おばあちゃんも会いたかったな」なんてわざとらしくがっかりしている。そうだ。サンタなんて滅多に会えるものではない。友達の家だと枕元にプレゼントを置いて、いなくなるだけだそうだ。姿が見られるのは貴重だ。
「おばあちゃんにもサンタさんに会わせたかったな」私は少し悲しかった。
「さあ、それよりプレゼントを開けようよ。サンタさんは何くれたかな?」
十個ほどプレゼントをもらっている。家族で開封の儀式をすることになった。
サンタよ、なんて太っ腹なんだ。頑張って勉強してよかった。手伝いも頑張ってよかった。
一つ目のプレゼントが開けられる。包みを破って現れたのは。
新しいドリルだった。
気絶しそうになった。
今日まで勉強を頑張りまくった私に、更にドリルをよこしてくるとは。一体、サンタは何を考えているのか。もっと勉強しろってことか。
親たちはもうお菓子をあげたのだから、他のプレゼントは何でもいいやと思ったのだろう。五歳児だから許してくれるとでも思ったか。
まあ良い。プレゼントはあと八個もあるのだ。
二つ目を開けると、石鹸が出てきた。さすがに頭にハテナマークが浮かんでしまう。
三つ目はタオルだった。
理由は明確。プレゼントが大量にある演出をするために、家族はお歳暮を包装したのだ。当時五歳の私にそんな事情などわかるはずもない。
石鹸やタオルをくれるということは、よく風呂に入れってことなのかな・・と真剣に考えた。サンタがくれたのだから、どんなものでも特別な贈り物に違いない。
ドリルはちょっとがっかりしたが、プレゼントをたくさんもらって嬉しい。
「早く、ケーキ食べようよ!」母に言われ、私は機嫌よくケーキを食べた。
プレゼントにお歳暮が混入していたことに気づいたのは、もう何年も後である。
それから何年かして、私は小学生になっていた。年を追うごとに複雑になる母のサンタ話のせいで、私はまだサンタを信じていた。
しかしクリスマスの時期、小学校で「サンタは親である」という説が囁かれるようになった。
大人たちは、あの手この手で子供にサンタを信じさせようとしているらしい。それを聞いた時は衝撃だった。まさかサンタが親だったなんて・・。
しかし祖母にそっくりだったあの時のサンタを思い出すと、確かにあれは家族が子供に夢を見せるためにやった演出だったかもしれない。
学校の先生に聞いてみても、濁されるばかりで、答えはもらえなかった。
家に帰ってから母に「サンタさんは親なの!?」と訊くと、
あっさり「そうだよ」とネタバレされた。
そして「サンタの正体を知ってしまったね。サンタを信じなくなったものには、プレゼントは来ないよ」と言われた。
ああ、言うんじゃなかった。クリスマスの楽しみがなくなった。一年に一度、欲しいものがもらえる日だったのに。
私がショックを受けて涙ぐんでいると、
「今年からはお母さんが買ってあげる。得体の知れないお爺さんよりいいだろう」と言われた。
確かにそうだ。知らないお爺さんだとどこか遠慮してしまう。相手が親だとわかっていりゃあ、多少のわがままだって通るものだ。これまで、遠い国からやってくるサンタに気を使っていた気もするが、今後はそれもなしでいい。
「今年のクリスマスは何が欲しいの?」と言われたので
「紫水晶の鉱石!でっかいやつ!」と答えた。
鉱物にハマっていたのでそう言ったのだが、「却下」と言われてしまった。
その年のクリスマスプレゼントは、親から直接渡された。大きいのは無理だったようだが、小さなアメジストをもらえた。
中学生、高校生になっても、クリスマスは毎年やってきた。
その年になると、みんな恋人ができてクリスマスを過ごし始める。恋人同士でディズニーに行く洒落た連中もいた。
クリスマスに独り身連中とジャンボパフェを食べに行ったのは、いい思い出だ。
家族であたたかなクリスマスを過ごすこともなく、年を重ねていくと、いつの間にかプレゼントもなくなった。夕飯が豪華になるばかりで、クリスマスは我が家から姿を消した。
年を取ると、欲しいものも金か恋人になっていった。
街を歩けば、浮ついたカップルのラブオーラに圧倒される。
家に帰れば、「どうしてうちの子はデートをしないんだろうね。私が学生の時は、クリスマスデートしまくったものだよ」と親特有の過去のモテ自慢をされる。
クリスマスは不快な行事になっていった。
昔は楽しかったのに。どいつもこいつも、恋人恋人って騒ぎやがって。
そんな感じでクリスマスは、毎年拗ねていた。独り身同盟を組んでも、翌年にはみんな恋人がいる。自分の人生はなんとつまらないことだろう。
だがそんなふうに捻くれていたある日のこと。
社会人になってから私に素敵な恋人ができた。
この恋人と付き合うまで、死ぬほど苦労した。隙さえあれば、好きだと唱えまくり、「付き合ってくれ。付き合わないと死ぬ」などと脅し、とにかく猛烈にアピールしまくった。
人によるかも知れないが、恋人は「好きだ」と唱えられると、だんだん気持ちが乗ってくるタイプだったらしく、何ヶ月もかけて告白をOKしてもらった。
皆さんもこの子だと思ったら、命をかけてアピールしてほしい。愛は熱いうちに伝えるのが良いだろう。
そんな恋人と、クリスマスに待ち合わせをした。
コートを着て、マフラーを可愛く巻いている恋人が現れる。あまりの愛らしさに卒倒しそうになった。
手を繋いで、コートの中に入れる。白い息を吐きながら、イルミネーションを見て回った。
「これ、デートってことでいいんだよね!?」と信じられない事態に、私は何度も確認をした。「デートだよ」と恋人は微笑みながら、手を握ってくれた。
もうイルミネーションより、恋人の方ばかり見ていた。
信じられないくらい可愛い。なんて愛おしいんだ。クリスマスマジックというやつだろうか、いつもの十割増しで可愛く見える。食べたい。
ドキドキしてどうにかなりそうだ。本当にこの私がデートしているなんて。
全て幻覚で、気づいたら地元の山だったりしないかな。街中にあるデカいクリスマスツリーも、近所の御神木だったらどうしよう。
そんな心配をしながら、駅の近くのオシャレな喫茶店に入った。
紅茶とアイスクリームを頼んだ。恋人はケーキを食べている。信じられない。クリスマスにこんなオシャレな場所で、デートしているなんて。
あわあわしている私の紅茶に、恋人が勝手に角砂糖をたくさん入れた。
何されも許せるのは、聖夜だからだろうか。
店から出ると、アイスクリームを食べたせいですっかり体が冷えており、寒くなってきた。くしゃみをする私に恋人がマフラーを巻いてくれた。
「これで温かいね」と言って、手を包み込んでくれた。
巻いてくれたマフラーを思いっきり吸った。甘い香りがする。幸せな匂いだ。
ああ、幸せだ。なんて幸せなんだろう。しばらくクリスマスは嫌なイベントだと思っていたけれど、こんなに素敵な出来事が自分に訪れるなんて。
駅前で「大好きだ!」と言って恋人を抱きしめてしまった。こんな幸せ、噛み締めて味がなくなるまで味わわないと、バチが当たる。
恋人と駅で別れてからも、私はぼーっとしていた。
幼少期の温かい思い出を振り返っていた。クリスマス、いいイベントじゃないか。
全ての人類に幸あれと祈った。
今年のクリスマス。私は一人でシャンメリーを飲んでいた。
大人になると、一人で聖夜を祝わないといけなくなる。寂しいが、そんなもんだろう。
それに仕事もあった。
だが、クリスマスは悲しい日ではなくなっていた。
いつか私もサンタをやる時が来るだろうか。可能性として低いが、その時はちゃんとプレゼントをあげる役目をまっとうしよう。
みんなメリークリスマス。
サンタにお歳暮もらったクリスマス ぴよぴよ @Inxbb
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます